糖尿病に克つ 新薬最前線 第1章 日本人の糖尿病の特徴と病因

糖尿病に克つ 新薬最前線 から第1章をお届けします。

第1章 日本人の糖尿病の特徴と病因
2型糖尿病とは? 日本人に一番多い糖尿病のタイプです
 糖尿病のタイプ(型)は、大別するとふたつあります。日本人の糖尿病の90%以上は「2型糖尿病」です。5%以下が「1型糖尿病」です。原因が不明の場合には、その他の糖尿病と分類されます。1型と2型は原因も別で、治療法も異なります。本書では、日本人の糖尿病の大部分を占める2型糖尿病について詳しく説明します。
 2型糖尿病は、インスリンの分泌量が減ったり効きめが悪くなることで起こります。きっかけは、本来もっている遺伝的体質のうえに、過食や肥満、運動不足、ストレスなどの環境因子が単独で作用することもあれば、いくつか重なることもあります。その結果、膵臓からインスリンが分泌しにくい状態(インスリン分泌不全)か、脂肪細胞や筋肉などでインスリンが効きにくい状態(インスリン抵抗性)になります。インスリン分泌不全、インスリン抵抗性のいずれの場合でも、血糖値は高めになります。
 最近は、アジア人が欧米の文化を取り入れるほど肥満が増え、糖尿病が増える傾向がうかがわれます。とくに近年、欧米化が進んだアジアの国々、なかでも韓国、インド、インドネシア、タイ、中国などで急激に増加しています。原因のひとつとして、食生活の欧米化や車社会の発達による運動不足などがあると考えられます。アメリカではすでに糖尿病人口が増えており、そのため増加率としては鈍化しています。
 インスリン
 インスリンは糖尿病にかかわるキーワードとして一般にもよく知られている用語ですが、念のため改めて解説します。インスリンは、膵臓のβ細胞から分泌されるペプチドホルモン(さまざまなアミノ酸がつながってできた分子の系統群)で、血糖値を下げる大切なホルモンです。インスリンは血液中に流れており、濃度が高くなると血糖値は下がります。
 1型糖尿病
 1型糖尿病の多くは、十代という若い年代に発症します。原因は、膵臓のβ細胞が急激に破壊されて、インスリンがほとんど分泌されなくなることにあります。急激な高血糖が起こり、膵臓に対する自己抗体が陽性になったり、尿にケトン体(脂肪酸、アミノ酸の不完全代謝産物)が出たり、血液が酸性化するので、2型糖尿病との鑑別診断は難しくありません。
日本の糖尿病は欧米ほど肥満していない
 肥満と糖尿病との関係は緊密です。しかし日本の場合、糖尿病の人が太っているかというと、かならずしもそうではありません。肥満があると糖尿病になりやすいのは確かですが、糖尿病があるからといって肥満もあるとはかぎらないのです。
 たとえば欧米では、糖尿病の多くはBMI(Body Mass Index:肥満度の判定方法のひとつ)で標準値は22・0であるところが29から30以上であるのに対し、日本人は23前後と、標準値よりやや高い程度です。
なぜ肥満が多くない?
 日本人は欧米人と比べて肥満が少ないのに、糖尿病になる比率はなぜ高いのでしょうか?
 その理由のひとつは、同じ2型糖尿病でも、欧米人では「インスリン抵抗性タイプ」が多いのに対して、日本人は「インスリン分泌不全タイプ」が多いからです。インスリンは、肥満を増長させる作用をもつホルモンです。そのため、インスリンがたくさん分泌される「インスリン抵抗性タイプ」より、インスリンがあまり分泌されない「インスリン分泌不全タイプ」のほうが肥満が少なく、欧米人より日本人は肥満が少ないのです。
膵臓のβ細胞が減ることが糖尿病の原因
 日本人を含むアジア人の場合、糖尿病になる原因の主体は、膵臓の中のインスリンを分泌する細胞である「β細胞」の減少にあると考えられています。
 膵臓にはランゲルハンス島(膵島)という細胞群が島状に散在しており、その中にインスリンを分泌するβ細胞という細胞があります。やせている人は、もともとβ細胞が多くありません。健康者はβ細胞が多い分だけインスリンを多く分泌しますが、肥満者は、空腹時血糖値が高い状態になるとβ細胞が約50%に減少します。さらに2型糖尿病に移行すると、本来のβ細胞数の約37%になっていることがわかっています。そして、肥満者でも非肥満者でも、糖尿病になるころには同じくらいにβ細胞が減っています。
生活スタイルに起因する糖尿病の民族差
 肥満していなくても糖尿病になりやすいという傾向は、日本人だけでなくアジア人に広く認められます。おそらく、アジア人の祖先が農耕民族、欧米人の祖先は狩猟民族で、それぞれに食生活が異なり、膵臓β細胞がそれに適応してきた結果なのでしょう。
 アジア民族は農耕で貯めた食物を保存し、必要なときに必要な分だけ細々と食べていました。そのため、膵臓が努力してインスリンを分泌しなくても健康状態を維持することができました。それに対して、狩猟民族であったコーカサス民族(4大民族のひとつである白人種)は、狩りで食物が手に入ったときに、まとめ食いしなければいけません。そのため、インスリンを分泌する能力が高くなり続ける必然性があったのです。
 アジア民族もコーカサス民族も、食料が少ない時代にはそれなりにバランスがとれていました。ところが、現代社会のように食物があふれるような時代になると、両者ともバランスを崩してしまいました。
2型糖尿病の主原因は「食後高血糖」
 2型糖尿病では、インスリン分泌不全でも、インスリン抵抗性でも、食後に血糖が下がりにくくなり「食後高血糖」を起こします。その時期が長く続くと、影響も長く続きます。前日の夜、過食するとそれが翌日まで影響し、次第に空腹時の血糖値も高くなります。
 おおよそ空腹時血糖値が126mg/dl、あるいは食後血糖値が200mg/dlを超えた段階で、悪化傾向は加速します。糖尿病の診断は、この加速度がつきはじめたレベルをとらえます。その時点で、将来的に糖尿病網膜症が起きやすいという疫学的データを加味し、さらに「慢性の高血糖状態が存在する」という確証をえたうえで、「糖尿病が発症した」とするよう定義をしているわけです。
 アジア民族の場合、次のような過程で2型糖尿病が悪化していきます。
1 食後に血糖値が高くなって、1日全体の血糖値が高くなっていく。軽症のうち、早朝の血糖値は夜中に何も食べていないので高くはならない。しかし、インスリン分泌は徐々に低下していく。
2 糖尿病が重症化すると、本来下がるべき早朝であっても血糖値が上がりはじめ、下がりにくくなり、早朝の高血糖が目立つようになる。1日のスタート時である朝の血糖値が高いから、その日1日全体の血糖値が高いというプロセスをたどる。

 このような傾向から、早期発見のためには、じつは、空腹時血糖値よりも食後高血糖をみつけたほうが効率がよいのです。

 
Q 私のインスリン分泌が亢進しているか、低下しているかを知る方法はありますか?
A 24時間蓄尿をしてCペプチドを測定する方法と、ブドウ糖負荷試験によって、そのときのインスリン濃度を測定する方法があります。また、特殊ですが、血糖を上昇させる作用のあるグルカゴンを注射して、インスリンと同程度の割合で血液中に分泌されるCペプチド濃度を測定する方法もあります。
血糖値の調節は膵臓以外の臓器でも行われている
 血糖値は、膵臓だけでなく、ほかの臓器のブドウ糖の利用によっても左右されます。たとえば、ブドウ糖は肝臓にグリコーゲンという形で貯蔵されています。それが分解され、貯蔵されていたブドウ糖がどれだけ血液中に排出されるかといった要因でも変動します。あるいは、ブドウ糖は筋肉や脳で利用されますから、それらの部位でどれだけ使われるのかといったことが血糖値を決めているわけです。
糖尿病のエキスパート医師はまず患者さんのステージを判断する
 糖尿病専門医は、患者さんを初診で拝見したとき、まず、どうして糖尿病になったのかを深く検討します。アジア民族タイプか、白人種タイプか、肥満が原因か、インスリン分泌があるかどうか、食後高血糖か、空腹時高血糖か、などなど、ライフスタイルや、その人の人生観もあわせてさまざまな角度から検証し、それにより治療方針を定めます。
インスリンとグルカゴンの「ホメオスタシス」が崩れている
 血糖値は、膵臓、肝臓、筋肉など臓器によって調整されています。中でも、膵臓だけは特別な働きをします。膵臓から分泌されるのはインスリンだけでなく、もうひとつ、グルカゴンというホルモンも分泌されているからです。
 グルカゴンは、膵臓のα細胞という細胞から分泌され、インスリンとは逆に、主に血糖値を上げる作用をもちます。つまり、膵臓は血糖値を下げるインスリンと、血糖値を上げるグルカゴンの両方をもち、血糖値のレベルを感知しながら双方の分泌を調整し、ホメオスタシス(恒常性=変化に応じて生体が動的に平衡を保とうとする性質)を維持しているのです[図1−1]。
グルカゴンとは?
 グルカゴンとは、29個のアミノ酸からなるペプチドホルモンです。膵臓のランゲルハンス島のα細胞から産生・分泌され、血糖を上昇させます。とくに重要な働きをするのは、低血糖時に分泌される点です。
 低血糖のときグルカゴンが血液中に流れると、肝臓や筋肉内にあるグリコーゲンを分解し、ブドウ糖を血中に放出させます。それにより、血糖を上昇させます。つまり、グルカゴンは「低血糖時」の救世主なの
です。
2型糖尿病ではインスリンが分泌低下しグルカゴンが分泌亢進する
 2型糖尿病で血糖コントロールが狂う原因は、じつはインスリンだけではありません。グルカゴンの調節も狂ってしまいます。つまり、2型糖尿病では、血糖値を抑制するインスリンの分泌が低下し、血糖値を上昇させるグルカゴンの分泌が増えやすくなっているのです。インスリンが減り、グルカゴンが増えるのですから、相乗効果で血糖値はどんどん上がって糖尿病を発症させ、血糖コントロールを悪化させていくわけです。

 
Q 糖尿病の目安になるといわれるHbA1c値が、血糖値よりも信頼できない場合はありますか?
A HbA1c値が異常低値・異常高値を示す場合があります。以下が参考例です。アルコール多飲者は、HbA1c値が高く出やすいというのは注目点です。
異常低値を示す場合
 赤血球寿命を短縮する下記の疾患を合併していると、HbA1c値が血糖値に比べて異常低値を示す場合があります。

 ・溶血性貧血
 ・鉄欠乏性貧血
 ・糖尿病妊婦
 ・肝硬変
 ・血液透析患者
 ・異常ヘモグロビン血症

 イオン交換クロマトグラフィ法による測定では、ヘモグロビンの条件により異常低値、異常高値の両方を示す場合があります(免疫学的測定法では影響を受けません)。
異常高値を示す場合
 ・過去数カ月にわたって高血糖が持続していた患者さんが、治療によって急速に血糖が低下した場合には、血糖値に比べHbA1cが高値を示します。
 ・血糖の日内変動の激しい患者(1型糖尿病や胃切除後など)で偶然に低い血糖を測定することがあります。
 ・アルコール多飲者では、アルコールの代謝産物であるアセトアルデヒドがヘモグロビンに結合してacetylated Hbとなり、これがカラムクロマトグラフィ(筒状の容器に反応混合物を流して成分を分離する化合物の精製法)でHbA1cと同じところに出るため、見かけ上HbA1cが高値になることがあります。
 ・腎不全患者では、尿素から生成されるシアン酸によりcarbamylated Hbが増加し、見かけ上のHbA1cが高値を示すことがあります。
 ・健康成人に2〜5%はいるとされるHbF(胎児期に生成されるヘモグロビン)が多い人では、HbA1cと同じところにHbFが出現し、HbA1cが高値となります。
HbA1cは合併症が起こるかどうかの目安になる
 HbA1cの目標は、通常は6・5%以下。糖尿病に関連したすべての合併症(大血管合併症など。たとえば、心筋梗塞や脳梗塞になりやすいなどの動脈硬化も含める)も回避させるHbA1cは5・8%以下とされます。とくに糖尿病網膜症は、HbA1cを6%に下げればそれが起こる頻度は激減します。HbA1cが6%以下であれば網膜症は進行しにくいのですが、HbA1cが9%を超えた状態が4年以上続くと約半数に合併してきます。2型糖尿病を中心とする大規模研究の結果、血糖値をきびしくコントロールするとほとんどの合併症のリスクが減少し、健康者と同じレベルになることがわかっています。
糖尿病エキスパート医師により網膜症の進行は止まる
 私が院長をしているクリニックでは、約3分の2以上の通院患者さんはHbA1cが6・5%以下です。7%を超えている人は非常に少なく、網膜症が進む患者さんはごくごく稀です。ほとんどの患者さんの進行は止まります。
 大学から来て外来を担当する医師たちは、私の外来のデータをみて驚きます。「どうして、こんなによく血糖コントロールができるのですか? 大学病院ではこれほどコントロールできていません。先生は、どうしているのですか?」と質問されます。
 理由はさまざまあります。とくに、外来のスタイルをいろいろ工夫しています。第2章で詳しく解説しますが、通院しやすい形にしたり、待ち時間を減らしたり、スタッフに糖尿病の教育をして患者さんと接する機会を増やしたりしています。もちろん、薬を使い分けては患者さんにとって一番と思える治療法を検討するといった工夫の結果が、血糖コントロールの改善につながっています。そして大事なのは、患者さんに希望や夢をもってもらうことです。治療すれば改善する病気である、まじめに取り組めばかならずよくなる病気だと信じてもらうことが大切です。
 さらに私の場合には、血糖コントロールがよくなればなるほど、食事療法をすすめるようにしています。通常の病院での糖尿病専門外来では、おそらく逆でしょう。糖尿病といえば、まずは食事療法と運動療法、それでだめなら薬というのが鉄則ですが、私の場合、食事療法に注力するのは、あえてHbA1cが6・5%以下になってからという形で指導しています。そして、私がこれまで出版してきた食事療法に関係した書籍を読んできてもらうことにしています。
 そうすると、患者さん自身から「血糖コントロールができたのだから、少しくらい食べても……」とか、「少しくらいお酒を飲んでも……」という気持ちが少なくなり、“油断”という心理的な危険因子を回避するようになります。
 このような状態になると、HbA1cは非常に安定してきます。網膜症の進行を止めるのには、この安定が大切です。血糖値が乱高下すると、それだけで眼底出血が起こることがあります。当院で眼底出血を起こす患者さんが少ないのは、こうした治療背景があるからなのです。

朝日新聞出版、書籍、糖尿病に克つ 新薬最前線 2010年3月 15ページから29ページまで コピーライト、©鈴木吉彦

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この記事を書いた人

鈴木吉彦医学博士。糖尿病分野で名医ランキング2016〜2023まで、常に掲載。Best Doctor  慶応大学医学部卒。
元、日本医科大学客員教授。現、HDCアトラスクリニック院長。
毎月通院糖尿病患者数1000名以上の糖尿病外来と併行しGLP1ダイエット外来の運用責任者
英文論文は沢山:IP:400以上。70冊以上の書籍の出版経験をもつ。累計100万部以上の書籍を出版。主たるサイト:
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GLP1製剤「サクセンダ」について解説。未承認のGLP1製剤については、その危険性についても解説。現在、世界で最も注目されている糖尿病+肥満(Diabesity)やメタボ+肥満(Metabesity) を専門とする内科医師。
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