糖尿病に克つ 新薬最前線 第3章 従来の糖尿病治療法

糖尿病に克つ 新薬最前線 より第3章をお届けします。

第3章 従来の糖尿病治療法
基本は食事療法
 糖尿病の治療の基本は、食事療法と運動療法です。食事療法については、管理栄養士とよく相談してください。医師は指示カロリーを栄養士に伝え、管理栄養士はそれに基づいて医学的に正しい指導を行います。
 食事療法や運動療法についての著書が多く出版されています。とくに食事療法は奥が深いので、1冊の本だけでは不十分です。何種類もの書籍を熟読されることをおすすめし
ます。
 私のクリニックでは、これらを“教科書”として読んでいただく方針にしています。本書の読者の皆さんも、ぜひこれらの書籍を読んでいただきたいと思います。私の「糖尿病食事療法についての教科書」のラインアップは、たくさんありますので、www.iryoo.jpでご確認ください。(あるいは、アマゾンやYahoo!の書籍コーナーで「鈴木吉彦」を入れて検索してみてください)。

 
Q 食事療法のポイントは?
A ポイントだけかいつまんで箇条書きにしてみます。

 1 医師に指示エネルギーを設定してもらう。
 2 管理栄養士から正しい指導を受ける。
 3 食品交換表という糖尿病の教科書の概念を身につける。理解しにくい場合には、拙著『「食品交換表」を使って、糖尿病の食事をつくる本』(主婦の友社)を参考にしてください。
 4 外食が多いときには、拙著『肥満解消のための外食カロリーBOOK』(主婦の友社)か『ダイエット、糖尿病治療のための外食コントロールブック』(文光堂)で学習してください。
 5 献立の立て方、組み合わせに悩んだら、『一生使える毎日の糖尿病献立』(主婦の友社)、『食品交換表による料理交換カード3連式/らくらく選べる糖尿病の献立』(医歯薬出版)、『一生使える毎日の糖尿病献立 新・和食編』(主婦の友社)をご覧ください。
 6 栄養士とはできるだけ頻繁に相談し、指導を受けてください。細かい日々の食事記録をつけておくことも必要です。
 7 血糖コントロールがよくなっても、栄養指導を受けるようにしてください。とくに、薬剤を服用してコントロールが改善している場合には、安心や油断がつきものです。なおさら、食事に注意が必要になります。

Q 食事療法が必要な時期はありますか?
A 私の場合、内服薬でHbA1cがおおよそ5・5%以下になったら、それ以後はDPP4阻害剤やGLP−1注射薬を使える場合を除き、原則としてほかの種類の内服薬は変更したりはしません。そのかわり、毎月、栄養指導を受けていただくことにしています。これが、HbA1cを6%以下に維持するうえでもっとも有効な方法なのです。このレベルになると、HbA1cを上げる要因は薬の問題ではなく、心理的な油断があるかどうかという問題になるからです。
 医師によっては、血糖コントロールがよくなると、食事療法は多少、手をゆるめてもいいとする先生がいるのも否定できません。もちろんそれが、その患者さんにとってよいことである場合もあります。しかし、人間は油断しやすいもので、一度、医師が食事制限をゆるめると、今度は胃の拡張に歯止めがかからなくなってしまいます。そこで、私の場合にはあえて、血糖コントロールがいい人こそ食事療法に努力するよう指導しています。
 私の外来における通院患者さんのHbA1cがきわめてよい人が多いということが示すように、糖尿病の専門医が食事療法に対してどういう哲学をもっているかで大きく左右されると考えられます(28ページ参照)。

Q よい管理栄養士とは、どういう栄養士ですか?
A 何度でも栄養相談を受けたいと思う栄養士がよい栄養士です。一般的な栄養相談をするだけなら、経験のない管理栄養士でもできます。しかし、糖尿病の世界に熟練した栄養士であれば、その人にあったテーラーメイドの指導をしてくれます。主治医に、栄養士はどういう栄養指導をするのかを聞いてみてください。
運動療法
運動療法をはじめる方への最初のアドバイス
 原則は、次のとおりです。

 1 15分以上の歩行運動を行う。ブドウ糖の利用をよくして、脂肪がエネルギーとして燃焼し、また、インスリンの効きをよくするには、最低でも15分の運動が必要です。1日1回できれば、次に1日に2回行う。30分以上の歩行運動を目指すが、時間がとれなければ通勤を利用したり、買い物を利用したりする。通勤の際、途中駅で降りることをおすすめすることがあります。

 2 こまめに歩いていることが大切です。普段の生活から電車や車を使わない。歩くときは、しっかり早足で歩くようにする。途中で立ち止まることが少ないよう、車が多いルートは避ける。速歩で15分歩けば、70キロカロリーくらいを消費できます。

 3 力むような運動、血圧が上がりやすい運動、無酸素運動はさけることが原則です。腹筋運動や重量上げのような筋力運動(ストレッチ)、ダンベル体操など、力むような運動は避けましょう。逆に、有酸素運動が必要です。酸素を吸いながら行う運動で、たとえば、歩行、自転車、ジョギング、平泳ぎ、エアロビクスなどが望まれます。無理しない運動で、かつ楽しい運動、簡単にいえば、ストレス解消になる程度の運動がもっとも望ましいといえるでしょう。

 4 薬を服薬している場合には、とくに、食前の運動は望ましくありません。低血糖には十分な注意が必要です。また、食直後は望ましくないが、食後少したった時点での運動が望ましい。

 5 高血糖のときに無理に運動をすると、アドレナリンが出て、肝臓から血液中にブドウ糖が出て、さらに高血糖になることがあります。体調が悪いときも無理な運動はさけてください。

 6 サウナが好きな人は、脱水に注意してください。水分が不足すれば、ブドウ糖濃度が高くなります。血糖値はブドウ糖の濃度ですから、高血糖になります。それを避けるためには、運動の前にはよく水分をとるようにしましょう。

 7 運動をすることで、心肺をきたえるのは大事なことです。しかし、逆に、運動が引き金になって、心肺に負担をかけてしまうこともあります。もし虚血性心疾患がある場合には、先に医師に報告しておきましょう。無理な運動はしないことが大切です。できれば、初診のときに心電図、あるいは心臓に対する検査を行い、虚血性心疾患がないかを確認しておくことが望まれます。また、糖尿病外来と循環器外来とを併診できるような医療施設で、糖尿病外来と循環器外来を定期的に通院できるようにしておくことが望まれます。

 8 力むだけで血圧が上がり、増殖性網膜症や前増殖性網膜症がある患者さんでは、運動により、突然、眼底出血を起こすことがあります。重い本を持ち上げただけで、眼底出血をした患者さんもいます。とくに、眼底出血がある患者さんは、力む運動はしないことが大切です。

 9 運動はできるだけ毎日行ってください。週1回のゴルフだけ、というのでは、さほど血糖値は下がりません。また、運動の効果は3日間維持されるといわれますが、3日に1回すればいいというものでもありません。定期的な運動を、雨の日も欠かさずすることが望まれます。

 10 太ももだけを鍛えれば、太ももがやせると思っている女性がいますが、それは間違いです。体の一部だけを特別にやせさせるには、部分的な美容外科手術を行わなければ無理です。肥満を解消しようとするには、できるだけ全身運動を心がけることが大切です。局部的な筋肉に無理に負担をかけないようにしましょう。とくに老人にとっては、この注意は大切です。

 11 午前中の低血糖は自覚して修正できますが、夜間に、後遺症が残るような低血糖になると大変なことになります。ですから、とくに夕食には注意してください。そしてカロリーの少ない夕食をしたかどうかを、常に気をくばっておいてください。
   カロリー量の少ない夕食後に運動をすると、夜間から血糖値が下がり、翌朝の血糖値が低くなっていることがあります。持効型インスリン注射(92ページ㈭を参照)を就寝前か夕方に注射している人であれば、就寝前に血糖値を測定し、血糖値がいつもより、低ければ牛乳やチーズを食べておいたほうがいいでしょう。

 12 ランニングやテニスなど、激しい運動をした後の血糖値は、運動している最中や運動直後には下がりません。運動中は興奮することが多くアドレナリンが分泌されるため、血糖値が下がりにくいのです。その間、肝臓や筋肉内のグリコーゲンを使ったりします。
   運動を終えて1〜2時間すると、肝臓や筋肉のグリコーゲンが欠乏し、そこからブドウ糖を提供できなくなって低血糖になります。ですから、運動の後に補食をする場合には、運動後1〜2時間たつまでに食事をとるように心がけることが望ましいのです。

 13 運動をはじめるのは、どちらかというと過酷な環境のときにスタートするほうが継続するようです。季節のいいときに運動をはじめて、寒さ、暑さが厳しくなると、どうしても根気切れしてしまいます。逆に、寒い時期や暑い時期に運動をはじめると、そこでの克己心が後になって役立つことがあります。季節のいい時期には、楽に運動を継続することができます。
   体重は、ある程度まで下がると下げ止まりますが、油断するとリバウンドが起こってしまいます。下がりが悪くても、我慢しながら運動を続けることが大切です。

 14 日常生活の中にできるだけ運動の機会をみつけ、利用する。階段があれば、エレベーターを使わずに階段を使う。エスカレーターでは、歩いて上る習慣をつける。電車の中では、できるだけつま先で立っているようにする。日常生活で細かな運動をとらえればきりがないほど、細かい運動があります。立ったり座ったりするのも、立派な運動です。家事の手伝いをするのも、運動になることがあります。

 15 ブドウ糖は筋肉で消費されます。消費してくれる器官である筋肉の受け入れ態勢を、できるだけ万全にしておくことが必要です。具体的には、筋肉を増やすことです。それには、日ごろのトレーニングが大切です。増えた筋肉によって、ブドウ糖の取り込みが増え、血糖値は体の中にしみこむように血液中から消え去ります。
従来の薬物療法│内服治療薬
 薬物療法には、内服治療薬(経口剤、飲み薬とも呼びます)療法とインスリン療法のふたつがあります。2009年11月まで、国内で使われている経口剤は、スルホニル尿素剤(SU剤)、速効型インスリン分泌促進剤、ビグアナイド剤、αグルコシダーゼ阻害剤、インスリン抵抗性改善剤の5つでした[図3−1]。
 薬剤は、どの薬でも、毎日欠かさずに飲みつづけることが大切です。たとえ検査結果がよくなったとしても、自分の判断で勝手にやめてはいけません。途中でやめると、多くの場合もとの状態に戻ってしまい、それまでの治療が台無しになってしまいます。
 最近は経口剤の種類が増え、複数の経口剤を併用するケースも増えてきました。それだけに、それぞれの薬を正しく服用することがより大切になっています。複数の薬剤がミックスされている場合には、これをきちんと守ることは難しいので、ピルボックスのような容器を購入し、あらかじめ仕分けしておいたほうがよいでしょう。
 また、経口剤療法では、まず少量から服用しはじめ、血糖値の変化をみながら量を加減していくのが一般的です。そして、血糖コントロールが安定した後も、定期的に検査をして効果を確認していきます。長期間、同じ薬のままでよいこともありますが、効き方によってはほかの経口剤と併用し、インスリン療法に切りかえる必要がでてくることもあります。また、薬物を服薬しはじめたばかりのときには、副作用がでてくることが心配です。ですから、毎月通院をして採血をし、肝臓機能などが悪化していないか、などをチェックしてください。とくに新薬の場合には、発売されてから1年間の間は、原則2週間ごとに副作用がないかどうかをチェックすることが義務づけられています[図3−2]。
1 スルホニル尿素剤(SU剤)
 膵臓のβ細胞を刺激しインスリンの分泌を促し、血糖値を低下させます。スルホニル尿素剤は通常、SU剤と略して呼びます。
 SU剤は、1日1回から2回内服する薬が主流です。商品名の「アマリール」や「オイグルコン」(あるいは「ダオニール」)、「グリミクロン」などであれば、その作用時間が12時間以上であることを考えながら内服をします。1日1回でも効果が十分でなければ、1日2回、1日3回と服薬回数を増やすこともあります。
 SU剤を服用していると、激しい空腹感に襲われる人がいます。そこで食べ過ぎて体重が増加すると、血糖値も高くなります。あるいは、低血糖の恐怖のため過食になる場合もあります。血糖値は下がっても、結局、過食による高血糖を誘発させ、二次無効(薬が、使っているうちに次第に効かなくなること。102ページを参照)という状態になりかねませんので注意しましょう。二次無効が起きてきた場合は、まず、ほかの経口剤を併用するようにします。また、食事療法を厳格に守って肥満を防ぐことが肝要です。本当にSU剤の効果が無効になったのか、それとも食事療法が乱れたのかを見極めるには、食事療法をさらにしっかりと行います。そのうえで血糖コントロールが改善しなければ、薬物が原因で悪くなったと判断するわけです。
 また、SU剤は膵臓からたくさんのインスリンを分泌させますが、インスリンには脂肪を合成させる作用があるため、SU剤の服用により脂肪が増え、体重が増えやすくなります。
 私がもっとも頻繁に処方するのは、商品名「アマリール」(一般名=グリメピリド)という薬剤です。アマリールは、SU剤の中では唯一、体重が増えにくいとされているからです。インスリン分泌促進作用とインスリン抵抗性改善作用のふたつをもつので、インスリン分泌促進作用がマイルドでも、よく効くという長所があります。アマリールの場合、通常、軽症糖尿病であれば0・5mg、1mg、2mgから開始して、4mg、6mgと増量していきます。
 0・5mgから開始するのは、低血糖を減らしたいがインスリンを過剰に分泌させるのは怖い、だから少しだけ使用してみる、という動機づけがある場合に利用する治療法です。ほかに、クロルプロパミド(商品名=アベマイド)もよく処方します。注意して使いさえすれば、安くて二次無効も起こりにくく、もっとも費用対効果のよい薬剤です。ちなみに、アベマイドを上手に処方できる糖尿病専門医は残念ながら多くありません。

なぜ0・5mgという半端な剤形が生まれたのか?
 一般的に薬剤は、使用される用量が1錠となるのが普通です。アマリールの場合も1mgが1錠という時代が長く続いたため、0・5mg錠は半端な数字にみえます。なぜこのような剤形が生まれたのかについて、糖尿病専門医にもあまり知られていません。
 この剤形は2009年12月に厚生労働省から製造承認が下りましたが、その背景には複数の理由があります。第1は、SU剤が起こしやすい低血糖に対する医師や患者さんの不安が、1mgでも多いという気持ちにさせ、0・5という数値にすることによって心理的不安を軽減しようとしたことが考えられます。
 第2に、0・5mgでも臨床的に意義があるとする論文などが複数、発表されたことです。それによって、0・5mgでも有効性が確実にあることが担保されたので、糖尿病専門医でも処方しやすくなったことがあります。
 第3に、SU剤との併用薬として、DPP4阻害剤やGLP−1誘導体(第9章で解説)などが多く使用される時代になると、より細やかな用量調節が必要となる場合が想定されます。
 じつは、アマリールの0・5mgが発売されているのは日本のみであり、アメリカなどではこのように少量のものはありません。体格の差や、膵臓からのインスリン分泌をうながす必要性の差、あるいはGLP−1関連薬剤の登場が剤形追加に反映されたと考えれば、新薬(新剤形)の誕生は興味深い現象といえます。

2 速効型インスリン分泌促進剤(フェニルアラニン誘導体)
 食後だけの高血糖を改善する薬剤です。食後に血糖値が高くなりやすく、空腹時はそれほど血糖値が高くない場合、この薬剤が選択されることが多くあります。商品名として「グルファスト」「スターシス」「ファスティック」などがあります。ただし、「スターシス」と「ファスティック」は名称が違うだけで同じ薬剤です。
 原則として、体内から十分なインスリンが分泌されていても、食事のときだけインスリン分泌のタイミングが悪く、それによって糖尿病が悪化していると判断される場合、この系統の薬にはそれを正す作用があります。
 一方、食後に作用するだけという時間限定の薬だけに、食後に服用すると本来の効果が発揮されなくなります。そのため、SU剤と比べると低血糖を起こしにくいことが特徴です。服用は1日3回食前が原則です。
 ただし、血糖値を下げる効果は弱い薬剤です。たとえばHbA1cが8%や9%以上の患者さんでは、多くの場合、HbA1cを6・5%以下にするための効果は期待しにくくなります。
 食後の高血糖を特別に下げるというので、食後高血糖改善薬として位置づけられます。本来であれば、食後高血糖を改善すれば、心臓血管の病気や発作を減らしていてもいいと考えられますが、大規模臨床試験でこの薬は心筋梗塞などの予防には役立たないことがわかっています。
3 ビグアナイド剤
 アメリカでは、薬の価格が安いことから糖尿病の第一選択薬剤とされており、1日2g、3gという量が普通に処方されています。一方、日本でメトフォルミン薬剤は、商品名「メトグルコ」や「メデット」という名前で発売されています。以前は「メルビン」という商品も発売されていました。
 単独で使うほか、SU剤だけでは血糖値が十分に下がらない患者さんに併用薬として使うこともあります。アメリカではすでに、DPP4阻害剤(136ページで解説)の組み合わせ薬剤として発売されています。
ビグアナイド剤の作用メカニズム
 ビグアナイド剤の作用メカニズムは、㈰骨格筋・脂肪組織における糖取り込み促進、㈪ 小腸からのブドウ糖などの栄養素の吸収を妨げる(それによってGLP−1を増やす)、㈫肝臓から血液中にブドウ糖が出て行くのを妨げて血糖値の上昇を抑える(医学的には肝糖新生抑制と呼びます)、などとなっています[図3−3]。
 注意点は、75歳以上の高齢者や、心臓や腎臓の重症あるいは中程度以上の合併症がある患者さんにはすすめにくい点です。
 また、副作用として消化器症状、たとえば悪心嘔吐や下痢、脱力感などが起こることがあるので、私の場合は、「そういう症状が起これば、すぐに服薬を自分で判断して中止してよい」と指導しています。実際、そうした指導を受けないまま、脱力感や食欲低下などが起こっても、我慢しながら服薬していたという患者さんがいます。そのようなことのないよう、「症状が起これば、すぐに服薬を自分で判断して中止してよい」という医師の言葉は、きわめて重要な意味をもちます。
 普段は問題なくこの薬剤を服用している人でも、たとえば、外科的な手術をするとき、つまり身体的にストレスがかかるような場合には、いったんは中止したほうがよいと私は考えています。また、食中毒や風邪で下痢をしたり発熱で脱水がひどい場合などには、服用を中止したほうがよいでしょう。

﹁メトフォルミン・ルネッサンス﹂と新薬登場
 メトフォルミンは1959年にフランスで承認され、以後、世界各国で広く糖尿病治療に用いられているビグアナイド系血糖降下薬です。日本ではメルビン(大日本住友)、グリコラン(日本新薬)として1961年に発売されました[図3−4]。
 このように、メトフォルミンは半世紀にも及ぶ長い歴史をもつ薬剤ですが、今日に至るまでには「不遇の時代」とも呼べる時期があります。
 1970年代、血液が著しく酸性になる乳酸アシドーシスが問題となった同じビグアナイド系薬剤のフェンフォルミンが、1977年に日本、米国、欧州のいずれにおいても使用禁止となります。これを受けてメトフォルミンも適応や用量に制限が課せられ、日本では投与対象が「SU剤が効果不十分な場合あるいは副作用等により使用不適当な場合」に限定されると同時に、最大投与量が1500mg/日から750mg/日に引き下げられました。
 こうして、メトフォルミンは安全性に優れた薬剤であるにもかかわらず、「ビグアナイド系薬剤=使いにくい薬剤」という認識が広がってしまいました。その結果、臨床において最大用量が本来は1日1・5g(1500mg)であったのが半分となったのです。
 1990年当時、私は病院で糖尿病外来を担当していた一医局員でしたが、ある日、薬剤部課長から呼び出されました。病院でメトフォルミンを使っているのは私だけなので、もし私が処方をやめれば病院として採用を取り消したいという通告でした。じつはその当時、メバロチン(mevalotin)、ミケラン(Mikelan)という薬剤があって、私がメルビン(Melbin)を処方すると薬剤師がときどき間違いを起こすため、処方をやめてほしいということでした。なんと病院の中で、その当時、メトフォルミンを処方していたのは私一人だけだったのです。それを知って、私は悩みました。
 しかし私はその申し出を断り、処方し続けました。いい薬が病院から消えるのは、あまりにももったいないからです。そのかわり、薬剤師が間違うことのないように、手書きで丁寧に「Melbin」と、しっかりとわかりやすく読みやすく書くようにします、と薬剤部課長に約束をしました。
 そのような臨床現場での混乱があったころ、突然、メトフォルミンに転機が訪れます。1994年、米国FDA(米国食品医薬品局・日本の厚生労働省に匹敵)はメトフォルミンの臨床適応を承認し、1995年にはSU剤グリベンクラミドを対象とした二重盲検比較試験「Multicenter Metformin Study」の成績が発表され、メトフォルミンの優れた血糖低下作用が再び注目されたのです。大変に有名な医学雑誌に掲載され、これまで市場から消えかかろうとしていた薬が、突然、脚光をあびたので糖尿病臨床医は驚きました。これまで私の周囲にいた医師たちも、それまではだれも処方していなかったメルビンをいっきに処方しはじめたのです。
 その後も、1998年には、UKPDSやDPPと呼ばれる有名な大規模臨床研究の成績が次々と発表されました。そして、メトフォルミンは再評価されつづけました。また、価格も安いことから、だれもが気軽に服薬できる薬として、アメリカをはじめ、見直しの機運が高まったのです。
 一方、乳酸アシドーシスについても、メトフォルミンによる発現頻度は、2型糖尿病患者における自然発症頻度と変わらないことが示されるようになりました。適切に使用すれば乳酸アシドーシスが起こる可能性はきわめて低いことがわかりました。フェンフォルミンのような副作用は、メトフォルミンには認めにくかったのです。こうして世界中でメトフォルミンは再評価され、この歴史を比喩して「メトフォルミン・ルネッサンス」と呼ばれるようになりました。
 日本でも、全国74施設においてメルビンが投与された2型糖尿病患者1175例を対象とした大規模観察研究「モア・スタディ」(MORE Study)が2006年に発表され、体重増加や低血糖、乳酸値の上昇を伴うことのない、優れた血糖降下作用が示されました。ただし、750mg/日以上を服薬した人数は少なく、このモア・スタディだけでは、750mg以上でも安全ではあるという確証は得られません。しかし、日本でも1500mg、2250mgの臨床試験が第2相試験まで行われ、日本人患者に対する有効性・安全性が検証できると判断されました。とくに、海外で実施された大規模臨床試験が存在することから、第3相試験は実施せず第2相試験だけによって承認がおりたのです。
 このようなことから、2010年1月から、メトフォルミンは2250mgまでの増量が可能になりました。また新薬として処方されることになり、名称は「メトグルコ」と呼ばれることになりました。中等度以上の腎臓障害がなければ内服が可能であることや、ある程度、高齢者であっても安全に服薬ができることが、これまでのメルビンやメデットとは異なる点で、「新・メトフォルミン」と呼ばれています。単剤内服ならば1500mg/日ではHbA1cにして1・2%の低下、2250mg/日では1・8%の低下を認めたという臨床試験の成績があります。
 また、体重も1kgぐらいは減らすことができるという点で、SU剤などのほかの血糖降下剤とは異なる特徴をもちますが、平均で約1kgの体重減少がある程度なので、抗肥満作用があるとまではいえません。副作用は下痢、悪心、食欲不振、腹痛などが多いとされていますが、副作用調査の方法による偏りからか、下痢が多くなっています。実際には、モア・スタディという臨床研究では下痢はさほど多い副作用ではなく、かつ、私の臨床経験から、下痢は多く認められ、悪心や食欲不振はふつうにあります。脱力感が起ったら深刻な副作用であろうと考えています。
 通常、成人にはメトフォルミン塩酸塩として1日量500mgより開始し、1日2〜3回に分割して食直前または食後に経口投与します。維持量は効果を観察しながら調節し、通常1日750〜1500mgです。担当医が糖尿病専門医でなければ、750mgから開始することをおすすめします。
 担当医が糖尿病専門医であれば、1500mgで維持していても、注意すべき点を熟知しているので心配ないと思います。また、糖尿病専門医であれば、患者の状態により適宜増減しますが、1日最高投与量は2250mgまで認められていますので、慎重を期したうえで増量してみてもよいでしょう。とくにDPP4阻害剤との相性はよく、メトフォルミンの大量投与とDPP4阻害剤とによる相乗効果があることも知られているからです(162ページ参照)。

4 αグルコシダーゼ阻害剤
 食べたものに含まれている糖質の分解や吸収を遅らせることで、食後の急激な血糖の上昇(食後過血糖)を抑える薬です。
 SU剤などに比べて、αグルコシダーゼ阻害剤は低血糖を起こしにくいため、最初に選択する薬剤として処方されることが多くあります。SU剤やインスリン療法とも作用が違うので、併用薬としてよく使われます。SU剤と併用して、低血糖になることがあります。
 SU剤と併用して低血糖になった場合には、すぐに血糖値を上げられるように、日ごろから砂糖ではなくブドウ糖を携帯して、それをすぐに口に入れるようにしてください。
 なお、αグルコシダーゼ阻害剤は、日本では現在、「ベイスン」(武田薬品)と「グルコバイ」(バイエル社)と「セイブル」(三和化学)の3つの薬剤が発売されています。αグルコシダーゼ阻害剤は、ほかの薬剤にはない独特の作用(心臓血管イベントの抑制やGLP−1の分泌亢進など)が知られていますので、それらについては本書159ページに詳しい説明を記載しています。

 
Q αグルコシダーゼ阻害剤の副作用はありますか?
A 副作用として、この薬の服用をはじめた当初は下痢が起きたりお腹がはったり、放屁が多くなることがあります。しかし、こうした症状は約2週間を越えると次第に軽減してきます。1年後には、ほとんど消えてしまうことが多いので、とくに心配はいりません。
 女性の場合、とくに外で働いている人の場合には、この副作用のために服用をいやがる人もいます。その場合には、社会的適応を考えて、私はすぐにこの薬剤を中止するようにしています。逆に、便秘であった人が、この薬剤によって下痢ぎみになって調子がよくなったという人もいます。
 また、頻度は少ないけれども、副作用として肝障害が報告されているので、定期的な肝機能検査が必要です。できれば、1カ月に1回は、採血をして肝臓機能のチェックなどをしておいたほうが安心です。

Q αグルコシダーゼ阻害剤を内服するときの低血糖防止に携帯するものは?
A αグルコシダーゼ阻害剤を服用しているので、たとえば、砂糖や複合糖質といった、消化吸収に時間がかかる物質は好ましくありません。砂糖は、果糖とブドウ糖でできていて分解されて初めてブドウ糖になります。それが遅れるので、ブドウ糖としての吸収が遅れるわけです。ですから、できれば、ブドウ糖を携帯することがすすめられます。
 あるいは、ブドウ糖が入っている清涼飲料水を普段から調べていて、コンビニに入ったときや販売機から購入するときに、その清涼飲料水を選んでみてください。また、果物では、あまり腐らないため、台所において、さっといて食べられるということになると、バナナなどが手軽さからよく利用されるようです。

Q αグルコシダーゼ阻害剤を服薬するとお腹がはりますが、なぜですか? それは副作用ですか?
A 大腸内で水素ガスが作られ、腸管内にたまり、お腹がはります(腹部膨満)。ガスもよくでるようになります。水素ガスでメタンガスは増えません。これは、私たちが『FEBS Letters』という科学雑誌で紹介しました。
 じつは、この水素ガスには抗酸化作用があることがわかってきました。すると、水素ガスがたまるのは副作用ではなく、心筋梗塞などを予防するために必要な抗酸化作用(具体的には、動脈硬化の原因になる酸化LDLコレステロールを減らす作用など)をもっていることになります。この仮説は、これまでαグルコシダーゼ阻害剤の副作用と考えられていた現象が、逆に、よい作用と理解されることになり、循環器領域の医師たちから一躍、注目される仮説になりました。

Q 食後血糖のピークは何時間?
A 糖尿病の患者さんが糖質を摂取すると、食後の血糖値は急激に上昇します。糖尿病の診断基準では75gのブドウ糖を服用後、2時間の血糖値が200mg/dlを超える場合に糖尿病型となることから、通常の食事のときの血糖値のピークも2時間付近にくるのではないかと、長年、考えられてきました。しかし最近、CGMという血糖値を連続的にモニターする機器が開発され、日常生活における1日の血糖変動がひと目でわかる時代になりました。CGMを用いて、軽症の糖尿病患者さんや薬物治療中の糖尿病患者さんの食後血糖値のピークを調べてみると、それは2時間よりずっと早く、食後1時間付近にくることが多いことがわかってきました。
 糖尿病予備群(境界型糖尿病)の段階でも、食後1時間血糖値が高いと糖尿病になる確率が非常に高くなり、また、食後1時間血糖値が高いと動脈硬化が進みやすく、心筋梗塞が起きやすいことも知られています。
 食後の急激な血糖上昇は、ご飯をゆっくり食べる、食物繊維を含むサラダから食べはじめるなどの工夫である程度防ぐことができます。さらに、食後1時間値を強力に下げるαグルコシダーゼ阻害剤が選択されることが増えてきました。3つのαグルコシダーゼ阻害剤の中でどの製剤がよいかは、こうした特性(食後1時間抑制作用、副作用の頻度や程度、腹部膨満に伴う水素ガス発生作用など)を考慮して、主治医が処方されていると思います。
5 インスリン抵抗性改善剤(チアゾリジン系薬剤)
 患者さんの中には、インスリンに対する身体(細胞)の反応が鈍くなっているために血糖値が下がらないことがあります。このことをインスリン抵抗性があるといいます。この状態を改善する薬剤をインスリン抵抗性改善剤といい、インスリンへの抵抗性を少なくすることでインスリンの作用効率を高め、血糖値を下げる働きをします。日本では、「アクトス」という商品名で発売されています。
 アクトスの場合には、薬の効果が現れるまで約4週間以上かかると考えられています。アクトスは、非常に効果が出る人もいますが、ほとんど効果がでない人もいます。アクトスは1日1回の服用でいいので便利です。また、HDLコレステロールを上げ、中性脂肪値を下げることも特徴です。単剤で服用するときには低血糖を起こさず、血液中のインスリン濃度は低下の傾向を示し、高インスリン血症を起こしにくくなります。
 しかし、次のようないくつかの問題点があります。

1 ひとつは、太る、つまり脂肪が増え体重が増えることです。1カ月の間に約2〜3kg くらい体重が増える場合もあります。とくに、女性に起こる頻度が高いのが特徴です。服薬した女性の約15%に合併します。ただし、アクトスでは、内臓脂肪を減らし皮下脂肪を増やし、体内の脂肪分布を変化させる作用が報告されています。
  高血糖を起こしやすいのは内臓脂肪を多くもつ患者さんですので、アクトスによって内臓脂肪が減ることは、たとえ体重が増えたとしても、悪い脂肪量が減ったことになります。肥満の防止という点については、やはり、食事療法と運動療法をきちんと実行する必要があります。
2 第2に、心筋梗塞や心膜疾患の既往があるなど、心不全の兆候がある患者さん、体液が多く貯留することにより心臓に負担をかけてはいけない患者さんへ、アクトスの服薬を避ける必要があります。また、浮腫(むくみ)を起こしやすい患者さんへの服薬にも注意しなければいけません。
3 浮腫のほかに、貧血を起こすこともあります。足の浮腫や貧血の症状が検査結果に現れてきたときには、主治医と相談してください。
4 薬剤性の肝臓障害が起こることも心配されます。この薬剤の利用にあたっては月1回の肝機能検査を受けましょう。
5 最近では女性において、長期にアクトスを服用すると骨粗鬆症が心配というデータもあります。長く服薬する場合には、主治医と緊密に連携をとり、できれば骨密度の測定も行いながら服薬してください。
6 2011年フランスで、この薬を服用すると膀胱がんになる危険が1・2倍高くなるとの報告が出ました。以後、アクトスの服用には頻回な尿沈渣検査が必要とされ、私のクリニックでも顕微鏡での血尿所見があれば膀胱エコー検査をしています。

 なお、今後は、DPP4阻害剤とアクトスとの合剤が発売される予定もあり、これらの注意点を熟知した医師から処方を受けることができれば、とてもいい薬になるだろうと期待されます。
薬物療法│インスリン療法
 インスリンは、ポリペプチドと呼ばれる小さな蛋白質で、アミノ酸という小さな単位の鎖からできています。昔は、インスリンは、豚や牛の膵臓から抽出し作られていました。しかし最近では、遺伝子工学の進歩によって、増殖の早い細菌の中に遺伝子を組み込んで製造しています。
 インスリンは分子量が大きい物質で、経口で服薬すると、ほとんどが分解されてしまう性質をもっています。そのため、インスリンを溶液に溶かした形で皮下組織に注射をするという方法でないと、体外から補充することはできません。
 自分の膵臓からインスリンを分泌する能力が低下している分だけを、必要なタイミングで注射という形で補充するのが、この治療法の原則です。ただし、1型糖尿病の患者さんでは、インスリン療法は必須の治療となります。
 2型糖尿病の患者さんは、食事療法、運動療法、さらには経口薬の治療でも血糖コントロールが達成できなかった場合には、インスリン療法を必要とする場合があります。2型糖尿病の人口は1型と比べて圧倒的に多いので、現在、日本でインスリン注射をしている患者人口の多くは2型糖尿病です。
 2010年春までは、糖尿病治療の中で、唯一の注射療法がこのインスリン治療でした。注射という投薬形態が怖いので、患者さんが自ら進んで受けたいという場合は稀です。しかし、さまざまな経口薬を組み合わせても、どうしても血糖値が下がらない状態になったときには、選択を余儀なくされる治療法です。将来、糖尿病性合併症を防ぐためには、この治療を選択せざるをえないという患者さんが多いのです。
 インスリン注射療法は、糖尿病の治療法の中ではもっとも確実に血糖値を下げる手段のひとつです。ただし、インスリン療法をはじめたということ自体が、糖尿病が悪化したこととイコールではありません。むしろ、糖尿病を悪化させないためにインスリン療法をはじめるわけですから、インスリン療法を拒否して治療を放置している方よりも、しっかりと治療を受け入れて、インスリン注射を続けている方のほうが健康で、軽症であったりします。
 最初は怖いと思っていたけれど「はじめてみたら、想像していたほどたいしたことない治療法だ」というのが、私の外来でインスリン導入をされた人たちのほとんどの感想です。
インスリン製剤の種類
 インスリンには、作用が開始されるまでの時間(作用開始時間)と、インスリンが血糖値を下げ続ける時間(持続時間)、インスリンの血糖降下作用が最大になる時間(ピーク時間)などの違いによって、さまざまな種類の製剤が発売されています。一般的には大別すると、5つの種類に分類されます。

㈰超速効型インスリン(Quick)
 注射後、数分以内に効果が現れ、持続時間は約6時間と短いインスリンです。そのため、食直前に注射するようになっています。

㈪速効型インスリン(Regular)
 注射後1時間以内に作用を開始します。持続時間は4〜6時間と短く、ピークも2〜3時間後になります。

㈫中間型インスリン(NPH)
 注射後、約2時間から4時間くらいで作用が開始され、ピークは4〜10時間、持続時間は10〜16時間と持続性がある注射液です。2型糖尿病の患者さんの場合には、この中間型インスリンの1回注射で、約24時間の血糖コントロールが得られる場合も多くあります。

㈬混合型インスリン
 中間型と速効型インスリンが、あらかじめ混合されてある製剤です。代表的な製剤としては、30%が速効型で70%が中間型の製剤と、50%が速効型で50%が中間型の製剤などがあります。

㈭持効型インスリン
 1日1回注射すると、ほぼ1日間、持続して安定的に血液中濃度が維持されます。以前より、持効型インスリンがありましたが、最近のランタスやレベミルという薬剤は、安定的に血液中インスリン濃度を維持できます。
こういう製剤をどのように組み合わせるのか?
 どのインスリンを、どう組み合わせて注射するのがいいのかは、患者さんの血糖コントロールの状況によります。低血糖を起こしやすい時間はいつなのか、血糖値は下がるのか下がらないのか、合併症の有無はどうなのか、など、さまざまな要因を考えあわせながら、医師と患者さんとが相談しながら調整していくべきです。
 外来でもしインスリンを導入するときには、私の場合には、最初、3日以内に来院してもらい、自己注射ができたかどうかを確認し、次に1週間後に来院してもらい、作用や効果や、継続するうえで心理面の不安があるかないかなどを確認するといったきめ細かいチェックをしています。
 また、最初に、高用量のインスリンを注射すると、患者さんによっては低血糖を経験し、恐怖から注射を中止してしまう方もいます。そこで、私の場合は、最初、血糖値は高いけれど、少しずつ下がるから安心してついてきてくださいと患者さんに信用してもらって、その信頼感のうえで、初めてインスリンを導入します。
 私の場合は、原則は外来でのインスリン導入で、めったに入院をおすすめしません。しかし、医師によって、あるいは医療施設によって方針も異なります。つまり、インスリン導入については、糖尿病専門医でもその手法はさまざまです。まず、主治医としている糖尿病専門医師と相談してください。

インスリンの適応
 インスリン療法の適応がある場合を整理してみます。

 ㈰血糖コントロールが食事療法や経口血糖降下剤で不十分な場合
 ㈪慢性合併症や糖尿病性合併症の予防に必要と判断される場合
 ㈫重症疾患や大手術などの状態で、一時的に高血糖になる場合

 ㈰については、医師が判断し、病院やクリニックなどで患者さんにインスリン指導をはじめます。1型糖尿病の患者さんの場合には、ほとんど全員がインスリン注射をする必要があります。また、2型糖尿病の場合、数カ月食事療法を行っても血糖調節が不十分な場合や、経口剤に抵抗性の場合にインスリン療法の適応となります。
 ㈪については、大規模臨床研究によって、厳格な強化インスリン療法で細小血管合併症の予防および改善との関連が証明されています。ですから、合併症が起こる可能性が高い患者さんや、それによって人生設計が壊れてしまう可能性が高い患者さんは、インスリンをはじめます。老人より若い患者さんのほうがインスリン注射をより強くすすめられるのは、そのためです。
 ㈫については、病状の程度による一過性の判断です。一過性なので、一時的にインスリンをはじめても、高血糖が回避された後には、インスリン治療をしない状態に戻ることができます。
注射の頻度が多いインスリン療法
 2型糖尿病患者さんでは、1日2回以下の注射で、普通は血糖コントロールが可能です。しかし、1型糖尿病の患者さんでは1日4回の強化インスリン療法と呼ばれる治療法がすすめられます。自身の膵臓からインスリンを分泌する能力が残っている患者さんであればあるほど、1日3回以上の注射を必要とすることは少なくなります。
持続注入型インスリンポンプ 
 専用の注射器を常時、皮下に刺しておき、そのラインから持続的にインスリンを注入する方法が、CSII(Continuous Subcutaneous Insulin Infusion)と呼ばれる方法です。食事のたびごとに追加のインスリン注入が容易にできます。
 そのため、生活の自由度も増し、血糖コントロールも著しく改善する場合があります。しかし、この装置を導入できる施設は、さほど多くはありません。糖尿病の専門家がしっかりと指導できる施設で、チューブが詰まったようなときにどのように対処するか、などといった細かい指導ができる施設である必要があるからです。
強化インスリン療法とは
“強化”という意味は、徹底的に血糖値を上げないように、インスリンを頻回に注射し、厳格に血糖値コントロールを強化するという意味です。たとえば、妊娠をする予定のある人とか、これから絶対に血糖値を上げたくないとか、合併症を進めたくないと決心しているような患者さんの場合に必要になります。
 一般に血糖値測定は、最低、食前と寝る前の1日4回は測定しなければなりません。そこで測られた血糖値にあわせて速効型インスリンや超速効型インスリンと、中間型か持効型インスリンを組み合わせて使う必要があります。
 強化インスリン療法のやり方は、一番自分が自由にできる時間、すなわち、一般的には、寝る前にやや作用時間が長いインスリン(つまり中間型か持効型インスリン)を注射しておきます。日本人の体格でしたら、12単位から24単位くらいまでの量ですみます。それによって、朝の血糖値が低めに調節できます。
 次に、各食事によって上がる血糖値に対して適切な速効型インスリンか超速効型インスリンを追加することです。
 最初のインスリン量やパターンの設定をするにも、おおよその原則はあるものの、その人に確実に合ったやり方というものはありません。ですから、そのつど主治医と相談しながら、また自分の生活様式とのかねあいを考えながら変更し、もっとも合ったやり方を自分でみつけていく必要があります。
BOT療法とは?
 BOTという言葉は、日本では2008年ごろから普及した言葉です。Basal-supported Oral Therapyの頭文字をとっています。経口薬(とくにSU剤)を服用したままインスリンを開始する治療法を総括して、こう表現しています。ベイサル(Basal)とは基礎インスリン、すなわち1日中とぎれることなく分泌されているインスリン濃度を確保するという意味です。具体的には、持効型インスリンを1日1回、注射するという治療法になります。
 オーラルセラピー(Oral Therapy)という用語は、そのまま経口薬の英単語です。この治療法は、まだあまり普及はしていませんが、糖尿病専門医の指導であればさほど心配なくはじめられる治療法です。患者さんも、インスリン導入(インスリン注射を開始)するときに、通常用量よりも、より少ないインスリン注射量からはじめられるというメリットがあります。たとえば、アマリールをそのままの用量にしながら、持効型インスリンを4単位とか6単位という少量から開始し、低血糖が起こるかどうかを確認しながら、インスリン用量の調節と、SU剤の用量の調節を、同時に行うことができます。これによって、従来のインスリン導入よりも、より安全に導入ができることになり、外来の通院患者さんにおいても、入院することなく、インスリン治療がはじめられることになりました(私のクリニックでは、ほとんどの糖尿病患者さんたちが外来でインスリン導入ができているのも、こうした手法を、医師をはじめとして、スタッフたちも熟知しているからです)。
低血糖になったときは
 経口血糖降下薬でもインスリン注射療法でも、薬物療法を行うと血糖値が下がりすぎて、低血糖を起こすことがあります。通常は100mg/dlくらいの血糖値が、70mg/dl以下に下がってしまうこともあります。そのまま放置すれば、血糖値はさらに下がって昏睡に陥ることもあり、危険な状態です。
 低血糖になると、自覚症状が現れます。たとえば、不快感を感じたり、物事に集中できない、考えがまとまらない、などの軽い症状が現れます。さらに、神経がいらだつ、目がちらつく、だるさが強くなる、などの症状があれば要注意です。頭痛などや頭重感を感じることもあります。
 こうした初期症状が出ている間に、適切な処置を行う必要があります。もし、この段階で適切な処置を行わないと、冷や汗や手のふるえ、脈拍が速くなる、動悸が激しい、顔面蒼白などの身体症状が現れてきます。これらは、低血糖に反応して副腎髄質からアドレナリンが分泌されることによる体の反応を現したものです。この段階ではすべての活動を中止し、まず口の中に糖分を含むものを入れて、血糖値を上げることに専念しなくてはなりません。周囲の人の力を借りるのも手です。

朝日新聞出版、書籍、糖尿病に克つ 新薬最前線 2010年3月 55ページから100ページまで コピーライト、©鈴木吉彦

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この記事を書いた人

鈴木吉彦医学博士。糖尿病分野で名医ランキング2016〜2023まで、常に掲載。Best Doctor  慶応大学医学部卒。
元、日本医科大学客員教授。現、HDCアトラスクリニック院長。
毎月通院糖尿病患者数1000名以上の糖尿病外来と併行しGLP1ダイエット外来の運用責任者
英文論文は沢山:IP:400以上。70冊以上の書籍の出版経験をもつ。累計100万部以上の書籍を出版。主たるサイト:
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https://www.glp1.com/
GLP1製剤「サクセンダ」について解説。未承認のGLP1製剤については、その危険性についても解説。現在、世界で最も注目されている糖尿病+肥満(Diabesity)やメタボ+肥満(Metabesity) を専門とする内科医師。
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