糖尿病に克つ 新薬最前線 第5章 欠点を解決した「インクレチン」

糖尿病に克つ 新薬最前線より第5章をお届けします。

第5章 欠点を解決した「インクレチン」
インスリンとグルカゴンで血糖が調節されている
 DPP4阻害剤、GLP−1誘導体についての解説が本書の本論です。その議論に入る前に、体内におけるインスリンとグルカゴンの分泌機序(メカニズム)について復習しましょう。
 血糖値の調節は、インスリンとグルカゴンというふたつのホルモンのバランスで、一定の血糖値が維持されています。2型糖尿病になるとインスリンの分泌が減り、グルカゴンの分泌が増えます。それによって高血糖になり、糖尿病が悪化します。
 健康な人では、高血糖になるとインスリンが分泌され、グルカゴンが減ります。それによって正常血糖に戻ります。よって、グルカゴンを減らし、インスリンの分泌を増やす薬があれば、血糖コントロールが成立することになります([図1−1]を参照)。
グルカゴン様ペプチドは2種類。GLP1とGLP2です
 ここでグルカゴンに注目してみましょう。グルカゴンには、グルカゴンそのものが存在するだけではなく、グルカゴンのアミノ酸配列とよく似た2種類のペプチドが発見されています。その兄弟のようなホルモンは「GLP−1」と「GLP−2」と呼ばれています(GLPとはグルカゴン様ペプチドという意味です)。その中のひとつ、「GLP−1」はヒトを含む生物にとって特別な作用をするホルモンであることがわかってきました(GLP−2に関してはその生理的意義はよくわかっていません)。GLP−1は、糖質を含む食物を摂取した後に小腸から血中に放出され、膵臓に到達し、膵臓β細胞からのインスリン分泌を促すという、糖尿病治療にとって画期的な働きをもっていたのです。
﹁インクレチン﹂という概念を理解しましょう
 GLP−1はどのように発見されたのでしょうか。
 まず、昔から知られていた不思議な現象がありました。それは、「口からと、静脈注射からと同じ血糖曲線になるようにブドウ糖を体内に与えたとき、膵臓から分泌されるインスリンの量は、口から与えたほうがより多い」というものです。
[図5−1]をみてください。これは同じ血糖曲線で、静脈注射からブドウ糖を入れた場合です。静脈からブドウ糖をいれた場合では、ほんの少しのインスリンしか分泌されません。
 ところが、ほぼ同じ血糖曲線になるように調節しながら、口からブドウ糖を入れると、インスリンの分泌は飛躍的に増えています。
 つまり、注射でブドウ糖を入れる(たとえば点滴で入れるような場合)よりも、口から食物をいれて消化管を通じてブドウ糖を入れるほうが、なんらかの理由で、インスリンの分泌がより効率的、かつ、より高度な量のインスリンが分泌されることがわかったのです。
 ということは、消化管のどこかに、単なる血糖値(高血糖あるいは高血糖のレベル)だけに反応するだけでなく、食物が入ってきたという刺激だけで反応するメカニズムがあり、それが膵臓のβ細胞を刺激して、インスリンを分泌しているはずだということを証明しているわけです。この現象を、「インクレチン効果」と呼んでいます。
インクレチンの代表的な物質はGIPとGLP−1
「インクレチン効果」はなぜ起こるのか、その原因は長らく不明でした。おそらくそれが原因だろうというホルモンは、複数みつかってはいたのです。それらのホルモンが淘汰されていった結果、ようやくその効果の背景にある物質は、GIPとGLP−1というふたつのホルモンであることがわかりました。
 代表的なインクレチンは、GIP(Gastric Inhibitory Polypeptide/Glucose dependent Insulinotropic Polypeptide)と、GLP−1(Glucagon-like peptide 1)の2種類です。このインクレチンが分泌される能力があることで、食後のインスリン分泌の約50%以上を担っていると考えられています。
インクレチンは血糖値に応じてインスリン分泌を促進する
[図5−2]に示したデータは、グルコースクランプ法(血糖値を一定にしながら、ホルモンの動態を観察する検査の一手法)で、各濃度に血糖値を一定化した状態のある健康者で、GLP−1やGIPを投与した状態での血液中のインスリン濃度をみたものです。血糖値が90mg/dl、108mg/dl、126mg/dlという状態に血糖値をクランプ(一定に固定)したときのデータを棒グラフで比較しています。
 この調査によると、血糖値が高いほどインクレチン(GIPとGLP−1)は顕著にインスリンを分泌させることがわかります。また、インクレチンによるインスリン分泌作用は、血糖値に依存することがわかります。逆にみれば、血糖値が低い状態では作用を発揮しません。
[図5−3]をみていただくと、より理解しやすいかもしれません。食事をとり、食物が腸管に入ることにより、腸管から膵臓に対して3つのシグナルが送られると考えてみてください。これまでは、血糖値が上がることが一番大切なシグナルであると考えられてきたのです。
 インクレチンの発見から、新たなシグナルがあることがわかり、多くの研究の結果、そのシグナルを送っている中心的ホルモン物質が、GLP−1とGIPというふたつのホルモンだったのです。
 GLP−1は、膵臓のβ細胞に作用してインスリン分泌を促し、α細胞に作用してグルカゴン分泌を低下させます。GIPは、膵臓のβ細胞に作用してインスリン分泌を促します。しかも、それは血糖値に依存して、その作用が強くなるという特徴をもっています。
腸管は考えている!
 このシグナルの連鎖は、腸管そのものが脳細胞のように賢く働いて、うまく体内の調整をとり、ハーモニーをかなでているようなものです。腸は第2の脳といわれることがありますが、このハーモニーをかなでることが、脳の機能にたとえられる所以なのかもしれません。そして、このようなハーモニーが壊れていくことが、糖尿病につながっているのかもしれません。
 なお、腸管は末梢神経系自体の伝達システムももっており、それが膵臓に作用することも知られています。しかし、この神経系のシステムについては、いまだ臨床応用できるような薬は開発されていません。
GIPは血糖コントロールには役立たない
 インクレチンの中で、GLP−1とGIPを治療用薬物として考えると、GIPは外から体内に入れても、残念ながらなぜか血糖コントロールは改善しないことがわかってきました。つまり、糖尿病ではGIPの反応が低下しているということで、血糖降下作用は弱いのです。そのため、基礎知識としてインクレチンやGIPという用語は知っていても、日常臨床ではあまり耳にすることはないでしょう。そこで、本書では血糖コントロールに役立つという意味で「糖尿病治療に役立つインクレチンは、ほぼGLP−1である」という前提で解説を進めます。

朝日新聞出版、書籍、糖尿病に克つ 新薬最前線 2010年3月 113ページから120ページまで コピーライト、©鈴木吉彦

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この記事を書いた人

鈴木吉彦医学博士。糖尿病分野で名医ランキング2016〜2023まで、常に掲載。Best Doctor  慶応大学医学部卒。
元、日本医科大学客員教授。現、HDCアトラスクリニック院長。
毎月通院糖尿病患者数1000名以上の糖尿病外来と併行しGLP1ダイエット外来の運用責任者
英文論文は沢山:IP:400以上。70冊以上の書籍の出版経験をもつ。累計100万部以上の書籍を出版。主たるサイト:
ホームページはここをクリック
https://www.glp1.com/
GLP1製剤「サクセンダ」について解説。未承認のGLP1製剤については、その危険性についても解説。現在、世界で最も注目されている糖尿病+肥満(Diabesity)やメタボ+肥満(Metabesity) を専門とする内科医師。
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