糖尿病に克つ 新薬最前線 第6章 GLP-1の膵臓に対する作用

糖尿病に克つ 新薬最前線より第6章をお届けします。

第6章 GLP−1の膵臓に対する作用
2型糖尿病ではインクレチン効果が減弱している
 GLP−1は、小腸下部のL細胞から分泌されるインクレチンです。これはインスリン分泌効果だけでなく、グルカゴンを抑制する作用があります。では、2型糖尿病ではインクレチン効果は、どうなっているのでしょう。じつは、2型糖尿病では、インクレチン効果の反応が健康者より鈍いことがわかっていました。そうであるとすると、2型糖尿病だからGLP−1濃度が低いのではなく、「インクレチン効果(つまりGLP−1濃度)が低いから2型糖尿病になっている」のかもしれません。つまり、2型糖尿病になった理由として、GLP−1の不足がある場合が考えられます。
 そうした糖尿病患者さんにGLP−1を補充することは、2型糖尿病になっていることに対して、本質的な解決策(治療法)を提示することになります。
GLP−1のインスリンに対する作用(膵内作用)
 GLP−1は、なぜ膵臓からインスリンを分泌させるのでしょうか? その機序が次第に解明されてきました。
 膵臓には、GLP−1受容体という受け皿があり、そこにGLP−1があてはまると、そこからインスリン分泌につながる伝達が起こるのです。血液中にGLP−1が増えると、GLP−1は膵臓のβ細胞にあるGLP−1受容体という部分により多くの刺激をあたえます。すると、その刺激から細胞内のcAMPという物質の濃度が上昇し、その結果、インスリンを分泌させます。
 この伝達のあり方はSU剤の場合とは異なるもので、これまでSU剤が無効だった2型糖尿病の患者さんにおいても、GLP−1は有効である可能性が高いのです。
血糖応答性があるとはどういう意味?
 GLP−1の作用機序は、これまでの薬(商品名=アマリール、スターシス、ファスティック、グルファストなど)とは異なります。従来のそうした薬を使用していた人で、膵臓からインスリンの分泌は期待できないとされていた人たちも、GLP−1を使うと、新たにインスリンを分泌させることができます。
 血糖値が上がれば、それに応答してインスリンの分泌量が増えて調節作用がはたらきます。血糖値が高ければ高いほど、インスリンの分泌が増えます。逆に、高血糖でなければ、インスリン分泌は減ります。一般的には、血糖値にして80mg/dl以下では、GLP−1の作用は認められなくなるか、消失してしまいます。
 このように血糖値が高いときだけ効き、血糖値が下がると効かない、つまり、血糖にあわせて上手にインスリンを分泌する好都合な機能を「血糖応答性がある」と表現します。これが、GLP−1関連製剤は「低血糖を起こしにくい」という特徴につながります。
 血糖値が80mg/dlに下がるとGLP−1の作用を止めてしまい、糖尿病患者であれば、高血糖になろうとする傾向に戻っていくため、低血糖になりにくくなるのです。このようなことから、GLP−1関連製剤は従来の薬に比べ、安全性の面で大きなメリットがあるということになります。
GLP−1のグルカゴンに対する作用(膵内作用)
 グルカゴンは膵臓から分泌されるホルモンで、血糖値を上げる物質です。低血糖のときには、グルカゴン注射をすることで血糖値を上げることができます。
 GLP−1は、グルカゴンと似ている物質ですが、まったく反対の作用を起こします。つまり、無用な高血糖や無用なグルカゴンの分泌を抑え、血糖値の上がりを止めるのです。
膵臓β細胞の「細胞そのもの」に対する作用
 GLP−1の膵臓の細胞に対する保護作用を、人体ではなく細胞レベルで研究した報告が多くあります。なかでも、GLP−1を培地に添加した膵臓の細胞(厳密には膵島細胞)は、培養しても形態がくずれないのに対し、添加しない細胞では形態が崩れている様子がわかると報告した研究は有名です。
「糖尿病では膵臓β細胞が次第に壊れていきつつ糖尿病が進行する」ことが知られています。しかし、この実験や臨床効果をみると、GLP−1は、「糖尿病としての膵臓β細胞の破壊に伴う進行を止めるかもしれない」という希望をもたせてくれます。これは、たとえ糖尿病になっても、GLP−1さえ血液中にあれば糖尿病を進行させない力があることを意味します。
膵臓の細胞の増殖を促進し自然死を抑制する作用
 GLP−1はβ細胞の増殖を促進し、β細胞が自然死(アポトーシス)していく作用を抑制する作用があります。つまり、GLP−1は、膵臓のβ細胞を増やしていく作用と、減らないようにする作用のふたつの作用があるのです。結果的に、膵臓のβ細胞を保護する作用をもちます。「保護される」ということは、糖尿病の進行を阻止すること、あるいは、改善することにつながります。
 
Q アポトーシスとは?
A アポトーシス(Apoptosis)とは、管理・調節された細胞の自殺すなわちプログラムされた細胞死のことです。とくに糖尿病では、膵臓のβ細胞が自然に死んでいくのが早いとされます。GLP−1には、そのプログラムを調整する力があります。
膵臓β細胞の﹁増生﹂につながる可能性も
 今後、GLP−1の研究が進んで、さらに膵臓β細胞のサイズが増えれば、インスリンの分泌を増やすことができます。GLP−1はβ細胞が疲弊するのを防ぎ、β細胞の増殖などに関与するともみられているので、β細胞の増生につながるのです。
 β細胞が増生すれば、インスリンを分泌する細胞が増えていき、それによって膵臓がどんどん元気をとりもどし、最終的には「2型糖尿病が治るかもしれない」という状態にもなります。
GLP−1の膵臓以外の臓器に対する作用=膵外作用
GLP—1の﹁膵外作用﹂とは
 GLP−1は「受容体」という細胞の「受け口」部分に付着し、その細胞にシグナルを送ることで効果を示します。興味深いことに、GLP−1の受容体は膵臓以外の臓器、たとえば消化器、脳、心臓などにも存在することが知られています。GLP−1が、膵臓以外の臓器に影響を及ぼし、それが糖尿病にとってよい影響を及ぼすことをGLP−1の「膵外作用」と呼びます(膵臓以外の臓器に働く作用という意味です。膵臓に作用する場合を「膵内作用」と呼びます)[図6−1]。
膵外作用その1 胃からの食物の排出を遅らせます
 糖尿病の患者では、早期の段階では胃からの排出速度が亢進しています。食物が胃に入ると、すぐ小腸に入り、ブドウ糖として吸収されますので、食後高血糖を作りやすくなります。
 私の外来では、糖尿病性神経障害の程度は、神経伝導速度検査で診断しています。糖尿病性神経障害の程度によって分類し胃排出速度を研究した過去のデータによると、神経障害の軽度の患者では胃排出速度が亢進し、神経障害が進んだ患者では速度が低下するという二相性の形を示します。GLP−1は、そうした胃排出速度が亢進している軽症糖尿病患者にとって、とくに効果を示す可能性が高いと予測されます。
 神経障害が進むと胃の動きそのものが低下し、それによって速度が低下しますが、このレベルに該当する人は、糖尿病人口としてはさほど多くありません。一般的には、胃排出速度が亢進するため、食べても食べても腹が減る、だからまた食べる、だから糖尿病になる、という人のほうが多いはずです。
 こうした患者さんに対して、GLP−1は胃に作用し、胃から食物を排出する速度を遅くさせることで、食後の急激な高血糖を抑えます。それによって1日の血糖値の平均レベルを下げ、血糖コントロール改善につながるということになります。
もともと胃の排出速度が亢進していたのはGLP—1のせいでは? 
 GLP−1の膵外作用がわかってきたとき、私がまず最初に考えたことは、このことでした。つまり、従来の固定観念が逆だったのではなかったのか、ということです。
 もともと糖尿病の人は大食いで、そのために胃の運動が亢進し、胃から小腸へと食物が移動するのが速いのだと、ほとんどの糖尿病の専門医は考えていたはずです。ところが、GLP−1の膵外作用を知れば知るほど、もしかすると逆なのかもしれないと思われます。
 つまり、本来、インクレチンが少なくなる体質の人がいて、GLP−1がなんらかの理由で低下してきたとします。すると、血糖値は上がるのですが、それと同時に、GLP−1が胃の運動を抑制していたはずの調整(抑制)がとれてしまい、胃から小腸への食物の通過速度が速まります。すると、食べても、すぐにお腹がすいて大食いになってしまい、食後の高血糖も起こりやすくなる、ということは考えられないでしょうか?
 そう考えると、大食いだったから糖尿病になったのではなく、糖尿病になったから大食いになったということになります。この論理の逆転は、糖尿病の病因を議論するうえで、すべての発想を逆転させてしまいます。
 大食いであることが糖尿病の原因ではなく、結果であるならば、まず大食いから治そう、食事療法をしましょうという指導は誤っていることになりかねません。糖尿病を治せば、大食いが治るかもしれません。つまり、糖尿病に対してGLP−1を増やす治療をすれば大食いが治り、それによって食事療法が自然にできてしまうかもしれないのです。
 このように、GLP−1の膵外作用は、よくよく考えると、糖尿病の病因や糖尿病の治療方針、あるいは日常臨床のあり方自体を、根本的にくつがえす可能性がある「爆弾理論」を隠しもっているのです。
 こうした発想は、まだ学会でも発表していません。糖尿病性神経障害を専門としている一人の医師としての一著書における「仮説」ということで記してみました。
膵外作用その2 脳に働き、腹八分目で止めることができる
 膵外作用は、脳の食欲中枢に作動します。満腹感を前倒しで感じることができ、その結果、腹八分目で食事をとめることができます。あるいは、軽度の吐き気の症状で、食欲を低下させている場合もあります。ただし、その症状は副作用とは自覚されないほど軽度
です。
 満腹感を前倒しで感じる結果、食事療法に苦労しなくても、自然に食事が制限しやすくなります。食欲が抑制されるのですから、体重が減るのはその結果です。
 しかし、臨床試験のレベルでは個体差が多いようです。日本人では、さほどの効果は期待できません。ただ、糖尿病の内服治療薬のほとんどが「体重増加」という副作用をもっていることを考えると、体重が増えないというだけで、治療薬としては大変に重要です。
膵外作用その3 心臓や血圧に対する作用
 最近になり注目されているのが、心臓や血圧など、循環器系の臓器に対するGLP−1の作用やその効果です。HDCアトラスクリニックで、タグリプチンを内服して経過観察した2009年12月から半年間の臨床成績では、あきらかに血圧が低下していることが確認されました。この臨床結果は、今後、海外の医学専門誌に発表していく予定です。最近、東北大学の論文などで血圧低下の報告がされていますが、これは隔日服薬で、毎日、服薬した臨牀成績は、私たちの報告が日本で最初になるようです。
 GLP−1の主たる作用は血糖降下作用なので、もし心臓に対するよい効果があるとしても、それは血糖コントロールを介して出てきたものなのか、GLP−1そのものによって起こった結果なのかを見極めるのは難しいものがあります。
心臓血管イベントを減少させる
 2009年にアメリカで発売されたサクサグリプチンは、血管に関する病気を抑制することが示されています。最近、アメリカでは、糖尿病の治療薬として発売するには、こうした心臓や脳の血管イベントを減少させることが条件のひとつとなっています。

朝日新聞出版、書籍、糖尿病に克つ 新薬最前線 2010年3月 121ページから133ページまで コピーライト、©鈴木吉彦 

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この記事を書いた人

鈴木吉彦医学博士。糖尿病分野で名医ランキング2016〜2023まで、常に掲載。Best Doctor  慶応大学医学部卒。
元、日本医科大学客員教授。現、HDCアトラスクリニック院長。
毎月通院糖尿病患者数1000名以上の糖尿病外来と併行しGLP1ダイエット外来の運用責任者
英文論文は沢山:IP:400以上。70冊以上の書籍の出版経験をもつ。累計100万部以上の書籍を出版。主たるサイト:
ホームページはここをクリック
https://www.glp1.com/
GLP1製剤「サクセンダ」について解説。未承認のGLP1製剤については、その危険性についても解説。現在、世界で最も注目されている糖尿病+肥満(Diabesity)やメタボ+肥満(Metabesity) を専門とする内科医師。
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