糖尿病に克つ 新薬最前線 第7章 DPP4阻害薬はGLP-1を長持ちさせる

糖尿病に克つ 新薬最前線より第7章をお届けします

第7章 DPP4阻害薬はGLP−1を長もちさせる
 血液中のGLP−1濃度を高めるには、現在、次のふたつの方法があります。

 ㈰GLP−1を注射する。あるいは、GLP−1の類似物質で、かつ、血液中に長く滞在している物質を注射する。
 ㈪GLP−1の血液中での分解を遅くして、活性を維持し、不活性化を食い止める。

 本章では、㈪のGLP−1の血液中の分解を遅くするための薬について、まず解説します。㈰については、第9章以降に解説します。
 なお、㈰について、本書ではあえてGLP−1誘導体と呼ぶことにします(理由は164ページを参照)。ちなみに、アメリカや正式な学会や医療関係者向けの講演会などでは、GLP−1受容体作動薬、GLP−1受容体アゴニストとかGLP−1ミメティクスと呼びます。この系統の薬は、すでにアメリカで発売されています。
 日本でもリラグルチド(商品名=ビクトーザ)という薬剤が2010年春に登場し、エキセナチドもその秋に発売されました。欧米ではエキセナチドが最初でしたが、日本では、最初に発売されるGLP−1誘導体はリラグルチドということになりました[図7−1]。
活性型GLPー1を分解するDPP4とは?
 GLP−1が生物学的活性をもっている(体の中で働いている)状態を「活性型GLP−1」といいます。それが分解された物質は「不活性型GLP−1」といいます。
 混合した食事が腸管を通ると、活性型GLP−1が分泌されます。活性型GLP−1は、dipeptidyl peptidase-4 (以下、DPP4と略します)という酵素によって分解されてしまいます。
DPP4はどういう作用をしているか?
 DPP4は、GLP−1の構造の特定の場所を切断することによって、活性型を不活性型に変えます。[図7−2]をみてください。DPP4は、GLP−1ペプチドのN末端から2番目がプロリンまたはアラニンである場合に、そこを切断する酵素です。この酵素は、活性型GLP−1を素早く分解してしまうため、GLP−1の半減期は1〜2分といわれています(ちなみにGIPは約5分)。プールされているGLP−1の約8割が、不活性化されると考えられています。
活性型GLP−1の血中濃度を高めるDPP4阻害剤
 DPP4を阻害する薬剤ができたら、どういうことになるでしょう。それは、活性型GLP−1がDPP4によって分解されて不活性型GLP−1になる過程を阻害します。そのため、活性型GLP−1はDPP4によって分解されにくくなり、不活性型GLP−1になりにくくなります。すなわち血液中の活性型GLP−1が増え、その濃度を高めます。
 この作用を利用した薬が、DPP4阻害剤です。この薬は内服薬として製品化され発売されました。
 DPP4阻害剤を、1日1回から2回、内服しさえすれば、血液中のGLP−1濃度は上昇します。その結果、活性型GLP−1が膵臓に作用してインスリンを分泌し、グルカゴン分泌を抑制し、血糖コントロールを可能にします[図7−3]。
日本では2009年12    月から発売されたDPP4阻害剤
 2010年4月の時点で日本では、「シタグリプチン」(アメリカでは2006年から発売済み)と「ビルダグリプチン」(欧州では発売済み)という2種類のDPP4阻害剤が発売されています。アメリカでは、2009年に「サクサグリプチン」という薬剤も発売されています。
 日本の製薬企業では、「ネシーナ」(一般名=アログリプチン)が武田薬品から発売、2011年、日本べーリンガーインゲルハイム社のDPP4阻害剤トラゼンタ(一般名=リナグリプチン)が発売予定で、発売競争が展開されています。
 なお日本では、シタグリプチン(一般名=シタグリプチンリン酸塩水和物)をMSD製薬と小野薬品の2製薬会社が異なる名称で発売しています。商品名は、MSD製薬が「ジャヌビア」で小野薬品が「グラクティブ」です。日本においては両社が共同で開発したので併売となりましたが、名称が違うだけで中身は同じ薬です。
 ビルダグリプチンは、ノバルティスファーマが商品名「エクア」として、2010年4月から販売しています。
DPP4阻害剤はどのくらい効果があるか?
 では、DPP4阻害剤では、血液中のGLP−1濃度は、どのくらい高まるのでしょうか? 現段階では、GLP−1の血中濃度を約2倍から4倍に増加させるといわれてい
ます。
 ここでは、例として2010年1月に承認されたビルダグリプチンの場合について、解説します。
 ビルダグリプチンを7日間内服した場合の活性型GLP−1の食後の血液中濃度は、偽薬(プラセボ)と比較して約3倍近くまで上がっています。

 
Q ジャヌビアとグラクティブでは、どちらが効くのですか?
A 名称が異なるだけで、中身は完全に同じものです。ですから、本書ではシタグリプチンということで統一し、ジャヌビア、グラクティブという名称の「商品名の薬」を飲んでいる方は、実際は「シタグリプチン=ジャヌビア=グラクティブ」と考えてお読みくだ
さい。

Q DPP4阻害剤は、どの時間に飲めばいいのでしょうか?
A シタグリプチンの場合には、いつ、どの時間に服薬してもかまいません。DPP4阻害剤としての効果はほぼ1日持続し、かつ、何日も服薬していると、早朝の空腹時の段階からすでにGLP−1濃度は高くなるように維持されているからです。どの時間に服用していても、連日、しっかり服用さえしていれば、一定状態の作用をもつことがわかっています。
 これに対してビルダグリプチン(商品名=エクア)の場合には1日2回、内服します(エクア錠50mgを1日2回)。確実にDPP4を阻害するという意味においては、2回内服のほうが確かだろうと考えられています。食事の影響を受けないので、エクアの場合も、食前でも食後でもかまいません。

Q DPP4阻害剤が作用を示している時間や効果はどのようなものですか?
A シタグリプチンのDPP4活性阻害作用の24時間データによると、1日1回で、DPP4の阻害効果は、多少、1日の後半では低下してきますが、さほどでもありません。この薬剤は1日1回内服が原則の薬剤です。なお、ビルダグリプチンの場合、最大用量で1日2錠までの内服が可能です。もし1日1回の内服で24時間作用が継続しないようであれば、1日2回に増量して、空腹時血糖値やHbA1cの変化をみながら次のステップの治療を考慮するべきでしょう。
どのくらい血糖値を下げるのか? インスリン濃度を高めるか?
 シタグリプチンを日本人において12週間内服した場合の、食事を食べたときの血糖値のカーブと、インスリン濃度のカーブを比較したデータによると、薬を内服した後では、明らかに12週間後の食後高血糖が改善しています。また、インスリンのカーブは、薬を内服しているほうが高濃度になっています。GTT(ブドウ糖負荷試験)を行ったときの急性効果をみると、ブドウ糖だけではなく、食事(ブドウ糖以外の栄養成分も含む)をとったときでも、しっかり血糖降下作用とインスリン分泌作用が認められます。
 日本人においては、DPP4阻害剤のビルダグリプチンを12週間、服用することによって、どのくらいHbA1cが下がったのでしょうか? 12週間、ビルダグリプチンを内服した場合のHbA1cの変化は、明らかに内服した患者さんのほうがHbA1cが下がっています。
 糖尿病の薬でも作用時間が短い薬は、食後高血糖を改善しても、早朝の高血糖を改善しにくい場合があります(たとえば、71、81ページで解説した速効型インスリン分泌促進剤やαグルコシダーゼ阻害剤など)。
 ところが、DPP4阻害剤の場合は、早朝空腹時血糖値をきれいに下げることもわかっています。薬の血糖降下作用が1日持続するのです。このことは、「DPP4阻害剤が、速効型インスリン分泌促進剤やαグルコシダーゼ阻害剤よりも優れている」ことを示している証拠です。

DPP4阻害剤は高血糖になるほど効く
 DPP4阻害剤は、HbA1cが高い人ほど強く効き、HbA1cを下げやすいという調節機能があることもわかっています。これは、これまでの糖尿病治療薬の中でも特筆すべき特徴です。
 たとえば、HbA1cが9%を超えるような患者さんに対しては、ナテグリニドやミチグリニド(商品名=スターシス、ファスティック、グルファスト。本書71ページ参照)のような薬剤ではなかなか下がりにくいので、服薬を開始しにくいのです。しかし、そうした場合でも、DPP4阻害剤は、ある程度の薬効を期待して、内服を開始できるということを意味しています。
 あるいは、本来なら、インスリン療法をすすめるべきかと考えるような患者さんに対しても、もしかしたら1週間から2週間、DPP4阻害剤を使ってみて、それがもし効いたのであれば、インスリン療法はすすめなくてもよいと判断ができるかもしれません。
 こういう判断をしてもらえる医師が増えるということは、それ自体が、糖尿病の患者さんからみたら、とてもありがたいと感じるのではないでしょうか。すぐに「インスリン注射をしましょう」と簡単にすすめる医師がいますが、私はそういうのはあまり好ましくないと考えています。一生のことなのですから、安易にインスリン注射治療をまっさきにすすめることは、その患者さんのQOLを考えると、とてもつらい宣告をしていることになります。ですから、DPP4阻害剤(経口薬)やGLP−1誘導体(注射製剤)の登場は、糖尿病治療におけるQOLの意義を考え直すよいチャンスを与えてくれていると、私は考えています。
他薬と併用した場合、その有効性は?
 DPP4阻害剤をほかの糖尿病治療薬と併用した場合の有効性についても、明確なデータが得られています。たとえば、シタグリプチンの場合については、[図7−4]に示します。シタグリプチンについては3種類の薬剤と併用が可能です。しかし、ビルダグリプチンについては、2010年2月現在では、単独療法か、SU剤との併用にしか保険が適応されない、という制限がついていますので、内服の際には注意をしてください。
[図7−4]に示すのは、DPP4阻害剤を服薬している場合と服薬していない場合との差をみたものです。日本人においては、ここに示したどの薬との併用においても、有効性を認めています。ですから、現在、服薬している薬に追加して服薬しても臨床的に問題はないと考えてかまいません。そのときにおいても、HbA1cにして約0・7から0・8%の低下効果が認められます。
 現在の治療で、どのような組み合わせをしても、なかなかHbA1cが下がらないと行きづまっているような患者さんでも、さらにHbA1cが低下すると期待してよいということです。もし現在、HbA1cが7%前後であれば、DPP4阻害剤を服薬することで、HbA1cが6・5%以下になる確率はかなり高くなります。
 なお、併用療法ほどコントロールはしやすく、筆者の外来ではシタグリプチンでHbA1c5%台が、半数以上になりました。
体重増加が起こりにくいのは最大のメリット
 DPP4阻害剤を服薬した患者さんでは、体重増加は認められません。インスリン分泌を亢進させることで体重は増えてもいいはずですが、食欲中枢への影響や胃排出機能を低下させることで、体重が増加しにくくなる作用もあり、相反する作用が打ち消し合うことで、体重は変化が起こらないと考えられています。
 SU剤を服用すると低血糖になりやすく、やや体重が増えます。しかし筆者の外来ではメトフォルミンを追加し、体重を管理します。DPP4阻害剤の単独使用では低血糖になりにくいのが特徴で、そのため、低血糖を怖れて食事をとり、体重が増えるという現象は認められないのです。

 
Q DPP4阻害剤の副作用は?
A DPP4阻害剤は、これまでの糖尿病治療薬とは比べものにならないくらい、副作用の頻度が少ない薬剤です。シタグリプチンの例でみても、偽薬との差もないくらい頻度が少なく、あっても軽度のものだけです。主な副作用としては、国内臨床試験における副作用発現率(SU剤などの併用を含む)によれば、低血糖(1・4%)、便秘(1・0%)、胃不快感(0・2%)、空腹(0・2%)などです。また、ビルダグリプチンについても、主な副作用は空腹(3・4%)、便秘(3・1%)、無力症(2・2%─血糖値の変動によって起こった脱力感や活力低下を集計して、こう呼んだものでしょう)などで、いずれも軽度なものでした。
 DPP4阻害剤は、ほぼどの薬剤にも、これまではあまり副作用は認めないというのが興味深い点です。DPP4阻害剤の単独療法では低血糖はほぼないといってもよいでし
ょう。
 本来、DPP4は、免疫細胞を含む多くの組織に発現する細胞膜蛋白ファミリーの一員です。このクラスの化合物では、免疫機能への干渉が懸念されていますが、関連性は実証されていません。DPP4阻害剤については海外では上気道感染症の増加が報告されたことがありますが、日本ではそのような事実は報告されていません。

Q 糖尿病の合併症が悪化することはありませんか?
A 糖尿病治療薬が、非常によく効果を示す場合には、急激に血糖値が下がることがあります。その場合、糖尿病性網膜症が悪化する場合があるので、注意が必要です。高血糖が長く持続している場合には、DPP4阻害剤を使うときには、まず眼底検査を行っておいてください。眼底出血が心配されるのであれば、ゆっくり血糖が下がるよう用量を調節してもらうように、主治医に依頼してみてください。
 また、急激に血糖コントロールが起こることはなくても、長らく高血糖にさらされていた患者さんの場合には、たとえば、近視が遠視ぎみになることがあります。また、新聞の文字が急に読みづらくなることがあります。そうした場合には、どんどん視力が変化しますので、私の場合には「できればメガネを作るのは半年待ってください。どうしても日常で必要なら、一番、安いメガネを買っておいて、半年後には買い換えるくらいのつもりでいてください」とアドバイスします。

Q 理論的には、どの薬剤と併用するのがよいのでしょうか?
A DPP4阻害剤をはじめてしまうと、これまでの治療薬がまったく不要になるというわけではありません。いくつかの薬を組み合わせて、どれがもっとも副作用が少なく、安全で、かつすぐれた効果をもつのかを考えるのが、糖尿病の専門医の役割です。
 とくにDPP4阻害剤は、SU剤と組み合わせることによって、SU剤の二次無効例と考えられていた患者さんたちに対する併用効果は期待できるものが大きいです。ただし、SU剤との併用については、SU剤のメカニズムのために低血糖が起こりやすくなる点には、くれぐれも注意してください。
 一方、アメリカではメトフォルミン(メデット、メルビンなど)や、ピオグリタゾン(アクトスなど)との併用は有効性が認められています。αグルコシダーゼ阻害剤はアメリカでは発売されていないので、そのために、まだデータがありません。
 インスリン注射とDPP4阻害剤とを併用しても、効果があることが証明されています。ただし、日本ではまだ、インスリン注射とDPP4阻害剤との併用については、正式な適応承認がおりていません。シタグリプチンは、おそらく1、2年のうちにインスリンとの併用が保険で認められ、併用薬としてよく使用されると思われます。期待できる治療法となるでしょう。主治医とよくご相談してください。

朝日新聞出版、書籍、糖尿病に克つ 新薬最前線 2010年3月 135ページから150ページまで コピーライト、©鈴木吉彦

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この記事を書いた人

鈴木吉彦医学博士。糖尿病分野で名医ランキング2016〜2023まで、常に掲載。Best Doctor  慶応大学医学部卒。
元、日本医科大学客員教授。現、HDCアトラスクリニック院長。
毎月通院糖尿病患者数1000名以上の糖尿病外来と併行しGLP1ダイエット外来の運用責任者
英文論文は沢山:IP:400以上。70冊以上の書籍の出版経験をもつ。累計100万部以上の書籍を出版。主たるサイト:
ホームページはここをクリック
https://www.glp1.com/
GLP1製剤「サクセンダ」について解説。未承認のGLP1製剤については、その危険性についても解説。現在、世界で最も注目されている糖尿病+肥満(Diabesity)やメタボ+肥満(Metabesity) を専門とする内科医師。
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