糖尿病に克つ 新薬最前線 第8章 DPP4阻害剤に期待される臨床的特徴

糖尿病に克つ 新薬最前線より第8章をお届けします。

第8章 DPP4阻害剤に期待される臨床的特徴
「コントロール」する時代から「治るかもしれない」時代へ
 DPP4阻害剤によって増えたGLP−1が、膵臓β細胞の数を増やすという効果がはっきりすれば、糖尿病の治療法や、それに対する考え方は大きく変化するに違いありま
せん。
 本書121ページでも述べたように、GLP−1の低下は、2型糖尿病の本質的な異常であるとして、もし、その低下を食い止めることができるのであれば、2型糖尿病は治せるかもしれないということです。
「境界型糖尿病」もしくは「糖尿病予備軍」と呼ばれている段階からDPP4阻害剤を服薬すれば、糖尿病になる患者さんの人口を減らす可能性もあります。境界型糖尿病の場合には、ときとして正常型に回復する場合があることも知られています。そうした現象をDPP4阻害剤が助けることができれば、「糖尿病は治るかもしれない」といえるでしょう。
 また、αグルコシダーゼ阻害剤とDPP4阻害剤との併用で、高血糖の改善効果は顕著であることもわかり、この両者をもし境界型糖尿病の段階から服薬できれば、糖尿病にならずにすむ人たちを、さらに劇的に増やせるのではないか、言い換えれば、「糖尿病になる人を劇的に減らせるのではないか」と考えられています。
デメリットが少ない薬ができることの影響
 糖尿病治療において、これまでの薬剤にはメリットもありましたが、それなりのデメリットがあり、完璧といえるような薬はありませんでした。長く使用していると、次第に効果がうすれていく薬が多かったのは確かです。安全性に問題がある薬も多くありました。
 そういう点において、DPP4阻害剤はメリットが大きく、デメリットが少ない薬といえます。メリットは、以下に示す4点です。

 1 膵臓β細胞の増生[図8−1]
 2 低血糖の副作用が少ない
 3 食後高血糖を改善し血糖降下作用が強い
 4 体重が増えない

 もともとGLP−1は、糖尿病患者さんでは減少していることがわかっています。ですから、なぜ減少しているのかを追究し、それを改善するというのが本筋の「2型糖尿病の治療」の議論です。本書18ページの議論にもどって、アジア人は欧米人よりもGLP−1が低下しているのかどうかという点も興味ある研究テーマです。
 DPP4阻害剤の発想は、生理的作用に対し薬としての補助を与えるもので、GLP−1そのものは、自分が分泌している物質を利用するわけですから、危険は少ないのです。もし、DPP4阻害剤に副作用が起こるとしたら、GLP−1が増えたことによると考えるよりも、DPP4阻害剤そのものが膵臓以外の臓器に及ぼすほかの作用を心配するべきです。
 ところが、これまで世界中で開発中あるいは臨床治験中といわれているDPP4阻害剤においては(およそ12種類はあるとされています)、どの薬剤においても、いまだ生死にかかわる重篤な副作用はきわめて稀なようです。
アメリカでは先行発売されヒット商品に
 すでにアメリカではDPP4阻害剤は3年以上前に発売されています。現在までのところ(2010年2月現在)、重篤な副作用の報告はきわめて稀とされています。死亡例も報告されていますが、DPP4阻害剤との直接的な因果関係は明らかではなく、また、DPP4阻害剤を服薬した場合と服薬しない場合での死亡率の比較をしても、統計的に差があるものではありません。偶発的なことであったと考えられています。
 すでに海外でのDPP4阻害剤の売り上げは約2000億円になろうとしています。今後、日本での発売も加わり、おそらく将来、全世界でのDPP4阻害剤全体の市場は1兆円以上になるのではないかと予測されます。この規模は、世界の製薬業界市場でトップシェアを誇る薬になりえる規模です。
どの薬でどのくらいの効果を期待できるか?
 シタグリプチン(商品名=ジャヌビアやグラクティブ)においては、12週間の臨床治験データで治験に参加した人の中で、HbA1cが6・5%以下になった人は、約35%に及ぶとされています。一方、ビルダグリプチン(商品名=エクア)においてはHbA1cが6・5%以下になったのは、約50%に及ぶことがわかりました。
 単純に数値だけ比較すると、エクアのほうが強いように思えます。実際の臨床となると、1日1回のシタグリプチンのほうが飲み忘れが少ないぶん、HbA1cが下がる可能性もあり、最大用量を使えた場合の比較はどうなるかという疑問も残されます。どちらの薬が優秀かについては、まだ議論の分かれるところです。
 筆者の外来では、HbA1cが6・5%以上だった患者さんは6%前後になり、6・5%未満だった患者さんは5・6%前後まで低下し改善しました。HbA1cが6・1%以下になった比率は55%以上、6・5%以下になった比率は75%以上、つまり4人中3人が6・5%以下を達成できました。ここまでの臨牀成績がでるのに6カ月、24週間かかりました。ですから、シタグリプチンであれば6カ月は継続服用が必要です。寒い時期にHbA1cは高くなりますが、暖かくなるとさがるので、他剤にきりかえないでください。
2型糖尿病の人の肥満解消には役立つか?
 DPP4阻害剤はたしかにGLP−1の濃度を増加させますし、GLP−1濃度が増加すれば、胃からの排出速度が遅延したり、食欲が低下して、肥満が解消されるかと理論的には思えたのですが、実際には、体重の変化は認められないというのが、現実の結論です。
 もし肥満解消もいっしょに、ということであれば、肥満治療薬との併用を考えたほうが、てっとり早いでしょう。現在、糖尿病の世界で、肥満に対する新薬としては、SGLT2阻害剤(本書11章)、塩酸シブトラミン、膵リパーゼ阻害剤、など、数多くの薬剤が候補として考えられています。将来は、そうした薬剤との併用が可能になれば、さらに血糖コントロールは容易になり、「体重がやせながらHbA1cも下がっていく患者さんがほとんど」という世界が実現できることも夢ではないかもしれません。

 
Q DPP4阻害剤で体重が減らない理由はGIPの作用では?
A そういう仮説もありますが、臨床的にそれを証明するのは難しく、いまだ仮説のままです。たしかにGIPは、脂肪を貯める作用がありますので、GLP−1がもし体重を減らす作用があっても、GIPが増えてしまえば、その作用を打ち消してしまう可能性があります。ですから、抗GIP作用のある薬を開発し、かつ、GLP−1を増やす治療と組み合わせることによって、抗肥満薬にならないだろうか、と発想をしたという製薬企業もあったと聞いています。しかし、抗GIP作用は、今度は、糖尿病に対しては、血糖値を上げる作用になりかねませんから、結局、実現はしませんでした。このように、DPP4阻害剤によって体重が減るかどうかということは、本書38ページで紹介した胃の排出速度の問題のほかにも、GIP作用との相殺効果という問題についても、新しい提起をしており、糖尿病の臨床においては、とても興味深いテーマであります。

Q インクレチンエンハンサーとはなんのことですか?
A インクレチンの作用を増強させる薬を「インクレチンエンハンサー」と呼びます。これらは、主にDPP4阻害剤です。それに対して、インクレチンのような形をしていながら、インクレチンではない、つまり、似ているが異なるもの、という意味で、「ミメティクス」という用語を、医学用語では使います。「mimetic」というのは、英和辞典を引くと、「模倣の、まねの好きな、偽りの、みせかけの、模擬の」と出てきます。つまり、GLP−1ミメティクスとは、GLP−1の本物ではなく、分子構造を変え、GLP−1に似せた物質で、日本語では「誘導体」「類似化合物」とか「アナログ製剤」と表現されることがあります。つまり、DPP4阻害剤はエンハンサー、GLP−1受容体作動薬すなわちGLP−1誘導体はミメティクスです。
GLP−1を増加させるほかの薬剤
1 αグルコシダーゼ阻害剤
 インクレチンの研究が進むにつれ、GLP−1の血中濃度を増加させる方法には、いろいろな手段があることがわかってきました。
 内服薬として興味深い事実がわかってきたのは、これまで食後高血糖を改善させる薬として考えられてきたαグルコシダーゼ阻害剤です。αグルコシダーゼ阻害剤は、小腸に作用する薬です。それによって、食後の炭水化物やブドウ糖の小腸内の流れを変化させます[図8−2]。
 興味深いことに、その変化が、小腸上部にあるK細胞や、小腸下部にあるL細胞からのGIPやGLP−1の分泌に影響を与えることが、外科的に肥満治療として胃の切除をした人たちにおけるGIPやGLP−1の最近の研究から明らかになってきました。
 ですから、αグルコシダーゼ阻害剤とDPP4阻害剤の両者を加えることで、「αグルコシダーゼ阻害剤でGLP−1を増やす」ことが可能で、「増えたGLP−1をDPP4阻害剤でその分解を抑え、高濃度のままのGLP−1で維持する」ことが可能になるかもしれません。つまり、ふたつの内服薬で、たがいに相乗効果が期待できる可能性があります。
 DPP4阻害剤は新薬ですが、αグルコシダーゼ阻害剤は古い薬剤です。αグルコシダーゼ阻害剤の血糖コントロール作用について、これまでは単なる食後高血糖を抑えることがメインと考えられてきました。しかし、本来はそれだけではなく、GLP−1を増やすことも、血糖コントロールにとってよい効果をもたらしてきたのかもしれません。
 アログリプチンは、武田薬品が発売を開始したDPP4阻害剤です。武田薬品は、日本でもっとも処方量が多いαグルコシダーゼ阻害剤であるボグリボース(商品名=ベイスン)を発売している製薬企業でもあります。そのような関係もあり、アログリプチンが発売され、αグルコシダーゼ阻害剤との併用が可能になりました。ただ、両薬剤とも便秘と腹部膨満・放屁が増える症状があるので、併用上で問題となる場合があるかもしれません。
 じつは、糖尿病患者さんの中には、αグルコシダーゼ阻害剤が、これまでにも非常によく効いている患者さんがいました。しかし、2010年初頭までに承認されているDPP4阻害剤において、αグルコシダーゼ阻害剤との併用について認可がおりていないため、併用は断念するしかありませんでした。筆者の外来でも、せっかくαグルコシダーゼ阻害剤が効いているのに、DPP4阻害剤に切り替えた結果、HbA1cが上がってしまった患者さんも、一部ですがいます。そうした患者さんに対して、2011年から、シタグリプチンとアログリプチンがαグルコシダーゼ阻害剤との併用が可能な薬剤として承認され、発売されているので、とてもメリットが大きいということになります。
 筆者の外来では、こうした各種のDPP4阻害剤の承認や保険適応の差異については、細かく患者さんに説明をしたうえで、服薬していただく方針です。
2 メトフォルミン
 メトフォルミンとビルダグリプチン(DPP4阻害剤のひとつ)との比較では、1gというメトフォルミンの大量内服でも、同じレベルのHbA1cが下がってきていることがわかっています。このふたつの薬剤においても、また、相乗効果があるのです。シタグリプチンやビルダグリプチンは、活性型GLP−1を増やす作用があるのは当然ですが、興味深いことに、メトフォルミン1gを服薬後も活性型GLP−1の血中濃度を増やします。よって、DPP4阻害剤とメトフォルミンとを併用することで、さらに活性型GLP−1が増えるのです。
 アメリカではすでにDPP4阻害剤とメトフォルミンの合剤が発売され、大きな市場を作っています。合剤とは、ふたつの薬剤があわさってひとつの薬剤になった薬の呼称です。合剤のほうが、メトフォルミン単剤よりも、より血糖値を下げることが証明されています。

朝日新聞出版、書籍、糖尿病に克つ 新薬最前線 2010年3月 151ページから162ページまで コピーライト、©鈴木吉彦

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この記事を書いた人

鈴木吉彦医学博士。糖尿病分野で名医ランキング2016〜2023まで、常に掲載。Best Doctor  慶応大学医学部卒。
元、日本医科大学客員教授。現、HDCアトラスクリニック院長。
毎月通院糖尿病患者数1000名以上の糖尿病外来と併行しGLP1ダイエット外来の運用責任者
英文論文は沢山:IP:400以上。70冊以上の書籍の出版経験をもつ。累計100万部以上の書籍を出版。主たるサイト:
ホームページはここをクリック
https://www.glp1.com/
GLP1製剤「サクセンダ」について解説。未承認のGLP1製剤については、その危険性についても解説。現在、世界で最も注目されている糖尿病+肥満(Diabesity)やメタボ+肥満(Metabesity) を専門とする内科医師。
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